宵の朔に-主さまの気まぐれ-
美しき蝶の名は
本が好きだ。

長く生きていても、知らないことがこの字の羅列の中にたくさん綴られている。

広いようで狭い世界に生きている。

だから本の中に逃避して、本の中に入って知らない世界を体験する。


「主さま…おい、主さまー。起きろー」


春の日差しが暖かく、顔に本を被せて縁側に寝転んで昼寝していた朔は、その聞きなれた声に手を挙げて応えた。


「起きてる」


「一大事だ。一大事が起きるぞ」


隣に座ったのは側近の雪男。

真っ青な髪に真っ青な目――父の代からの側近で自分を育ててくれた父のような兄のような存在。

長い間母の息吹に横恋慕していたが、その呪縛から解き放ったのは自分の末妹だ。

今は子育てに奮闘していて丘の上に建てた屋敷に住んでいる。


「一大事?なんのことだ?」


「いや、まずちょっとこれ見てくれよ。…機嫌悪くなるなよ?」


「ん、まあとりあえず読むから待て」


むくりと起き上がった朔は、雪男が握りしめていた文を広げて目を通した。

目が字を追っていく毎に眉間に皺が寄るのを隣で見ていた雪男は思わず後ずさりして正座した。


「なんだこれは」


「ええと…周様…から…」


「いきなりこれはないだろ。断っておけ」


「え…いや、それは俺からはちょっと…。断りたいなら主さまがちゃんと自分で断った方がいいぜ」


…何かの間違いでは?


朔はもう一度最初から文に目を通すが、書いてあることは変わらない。


『嫁候補たちを用意した。すぐに来られたし』


…さらに眉間に皺が寄った。
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