宵の朔に-主さまの気まぐれ-
居間から移すことができずそのまま寝かされていた凶姫は、晴明が着いてすぐ往診をしてもらった。


眼球の動きを見て首の筋に手をあて、脈を測った晴明は――珍しく目を見張って肩越しにちらりと朔を振り返った。


「お祖父様…どうなんですか?」


「…そうだねえ、もう少しよく診てみよう。ここではなく部屋に移してもらえるかな?」


「はい。じゃあ俺が運びます」


朔に抱きかかえられて自室に移された凶姫だったが、朔が一緒に部屋に入ろうとすると、晴明がそれを止めた。


「そなたは凶姫を床に寝かせてから退室しなさい」


「え…」


「診断が出たら私が知らせに行く。いいね?」


有無を言わさず朔を部屋から出した晴明は、力なく横たわっている凶姫の帯を解いて肌に触れると、腹の上に手を置いた。


「これは驚いた」


「私…どうしたんですか…?」


「よく聞きなさい」


――密室だったが、晴明は凶姫に顔を寄せて満面の笑みで診断結果をひそりと口にした。


「そなたは、懐妊している」


「………え…?」


「まだふた月といったところか。父は言わずとも分かるが…朔だね?」


状況が呑み込めず茫然としている凶姫に、晴明は言い聞かせるようにしてその細い手を握った。


「そなたは母となるのだよ。次代の百鬼夜行の主となるかもしれない子を腹に宿し、朔を支え、共に生きてゆくのだ。愚問かもしれぬが、朔の嫁になる意思はあるのかな?」


「……あ…あの…」


まだ言われていることがよく分からず、ただただ腹に手をあてた。

よほど想像できないことだったのか、いまだ茫然としている凶姫を見て笑い声を上げた晴明は、腰を上げて襖を開けた。


「朔、入りなさい」


「凶姫は大丈夫なんですか?」


居ても立っても居られず部屋の外で待っていた朔を部屋に招き寄せた晴明は、茫然自失状態の凶姫を見て不安を煽られたが――


晴明は笑って、目を閉じた。


「不安になることはない。とても良い話だよ」


そして、語られた内容に――朔もまた、凶姫と同じ状態に陥ることになる。
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