宵の朔に-主さまの気まぐれ-
「俺の…子…?」


「そうだよ。まさか覚えがないと言うんじゃないだろうねえ?」


「い、いえそれは…。本当に…?」


「春には生まれるだろう。朔、順序がおかしいのではないかな?」


晴明に茶化されてようやく我に返った朔は、腹に手を当てたまま固まっている凶姫の手をぎゅっと握った。


「お前の体調不良は…つわりだったのか」


「私…赤ちゃんができたの?あなたの?」


「そうらしい。…生んでくれるな?」


――逡巡した凶姫に不安を覚えた朔は、握った手に力をこめて祈るように見つめた。

晴明と朔の言葉を噛み締めていた凶姫は――朔の子を宿したいと言う願いが叶い、ふわりと笑って頷いた。


「良かった…嫌だと言われるんじゃないかと…」


「言わないわよ。でもいいの?本当に…本当に私でいいの…?」


繰り返し問うてくる凶姫の不安が理解できず、晴明が傍に居るにも関わらず朔は不敵に笑った。


「あんなに閨を共にしておいてそれはないんじゃないか?子ができるのは時間の問題だったし、俺も早く子に恵まれたらいいなと思っていたから」


恥ずかしげもなく言ってのけて晴明に笑われた朔は、部屋の外で待機していた雪男を人差し指をちょいちょいと動かして呼び寄せると、その顔を見て苦笑した。


「お前…鼻の下が伸び切ってるぞ」


「や、ごめん、話が聞こえてきたからさ。これは家族会議案件だよな?」


「そうだな、父様たちを呼んでくれ」


「朔…輝夜さんはこのことをもう知っていたのかしら?そんな気がするの」


未来に関することは言えない――だが輝夜の態度には嬉しさが見え隠れしていたような気がする――


しっかり手を握り合ったふたりを見て晴明もまた孫の幸せに目を細めた。


「さてこれから大騒ぎになる。私の娘が泣いたり叫んだりするからね」


「覚悟しています」


笑った朔に頷いた凶姫。

もう、何も怖いものなどない――と思った。
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