宵の朔に-主さまの気まぐれ-
凶姫が妊娠したことについては箝口令が敷かれた。

百鬼は結束こそ固いが身内には口が緩いため、どこかでこの話が漏れれば幽玄町の皆にも知れ渡ることになり、まだ妊娠初期の状態でそれを広めるわけにもいかなかった。


「安定期に入るまではまだまだ先の話だから、それまでは皆に話す必要はない。朔、‟渡り”の件はどうなってるんだ?老体の俺にいつまで百鬼夜行をやらせるつもりなんだ」


「誰が老体だよ現役ばりばりじゃんか」


雪男が突っ込みを入れると、十六夜はそれを無視して縁側で煙管をくゆらせた。


「輝夜からこちらから打って出る必要はないと言われているので、あちらが仕掛けてくるまではなんとも」


「そうか。‟渡り”が凶姫目当てだとすれば、子ができたことに目の色を変えるんじゃないか?」


「そうですね…それは本当に危険です。どう考えても‟渡り”は凶姫に執着しています。俺だけで守り切るには力が及ばないかもしれません」


「誰がお前だけで守り抜けと言った?お前の子はいずれ次代の百鬼夜行を継ぐ者だぞ。俺が命を賭けてでも守り抜いてやる」


十六夜が珍しく奮起した言葉を口にしたが――息吹はそれを聞いて十六夜の袖をぎゅっと握った。


「そんな命を賭けるなんて軽々しく言わないで。やっと隠居できたんでしょ、いつかは一緒に旅に出ようと言ってくれたでしょ、ちゃんと守ってね?」


「…ああ」


体調の悪い凶姫を寝かしつけて部屋を結界でがちがちに固めた朔は、この父母が子ができたことで近いうち幽玄町を離れることに寂しさを覚えながら小さく笑った。


「俺は俺で努力しますが、それよりも…」


「…輝夜だな」


「そうなんです。何が見えているのか分かりませんが、輝夜はこの先起こる出来事がぼんやりとしか見えていないようで、そういう時は柚葉が関わっているんじゃないかと俺は踏んでいます」


「柚葉…ああ、あの可愛らしい娘か」


むっとした息吹が十六夜の手をつねると、朔は意地悪気に笑った。


「将来の輝夜の嫁かもしれませんよ」


「そうあってほしいものだな、それで俺の子たちは全員所帯持ちになるからな」


「見守ってやって下さい」


あの孤独だけれどそれに気付いていない弟を――
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