宵の朔に-主さまの気まぐれ-
ひとり部屋に残された凶姫だったが――実質ひとりではない。

この身には朔の子が宿り、一族郎党この世から消え去ってしまってひとりで心細い思いをすることも今後きっとなくなるだろう。


――両親は自分を襲う‟渡り”に立ち向かったため、殺された。

騒動を聞きつけて集まってきた一族の者たちも皆、殺された。


この目さえ奪われていなければ、あの時声を上げて泣いていただろうに。

今となっては両親たちのために泣くこともできず、思いを伝えることもできない。


――そして、朔の子を宿してこんなに感動して喜びに打ち震えているのに、いつも言葉が足りず誤解されがちなため朔に満足にこの思いを伝えることもできないのが歯がゆい。


「嬉しくて泣きたいのに…」


奪われた目は今も‟渡り”が所持していると輝夜が言っていた。

もしその目が自分に戻ったならば…再び泣くことはできるのだろうか?

朔を面と向かって見つめて、笑顔を向けることができるだろうか?


「ああ、起きてたか」


「朔…部屋から出ようとしたら出れなかったんだけれど、どうして?」


「俺と父様とお祖父様で三重で結界を張ってたから。特にお祖父様のはすごいんだ。‟渡り”が現れようものなら死んでしまうほど威力がある」


「私を部屋に閉じ込めようというの?」


勝気が前面に出てそれを後悔しながらため息をつくと、朔は傍に座ってふっと笑った。


「今が大事な時期なんだから少しは大人しくしていて」


「朔…」


手探りで朔の手を握ると、凶姫は最大限心を込めて、顔を上げた。


「本当はとても嬉しいの。だって私…もうひとりじゃないでしょう?」


「これからもずっとひとりじゃない。むしろ増える。ほら、来て」


凶姫を抱き寄せた朔は、彼女が伝えてこようとしていることを全て理解していた。

不器用で言葉足らずで、本当は素直なのに憎まれ口を叩いて自分を守ろうとするその行動も。


「お前は本当に不器用だな」


「そういう生き方しか今までできなかったから」


「俺は今のお前も好きだけど、変わりたいなら変えてやる」


殻に閉じこもっていた蝶が羽化を始める。
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