宵の朔に-主さまの気まぐれ-
「おかしいぞ…何が起こっている?」


逃げ続ける冥を追っていた黄泉は暗闇の中足を止めていた。

一度幽玄町に様子を見に行ったもののあの恐ろしく強い美貌の男は死に、憔悴しきった凶姫と得体の知れない男が残っているだけ。

他にも強い妖がごろごろ居たが――それはなんとかする自信がある。

問題なのは凶姫の気配だ。


「俺の間違いだと思っていたが…何かが起こっている。何かが…」


冥は逃げ、今手元にあるのは――幽玄町の屋敷で見つけた‟玩具”だ。

時折それをいじっては遊んでいたが、どうやらそれを使うことになりそうな予感がしていた。


「俺は何かを見誤っている。あの小賢しそうな男が何かしたに違いない」


妖のようで、そうではないような――不思議な男だった。

あの美しい女――凶姫と蜜月関係になった男は死んでもう凶姫を守る必要もないのに、何故今も傍に居るのか?

その意味は?


「…一度また様子を見に行かねばならん」


冥を追うのをやめた黄泉は、作業場にしている部屋に戻って部屋の端に置かれた玩具を何の感情もこもっていない目で眺めた。


「俺は欲しいものがある。お前も欲しいものがある。我々の利害は一致している。そうだな?」


「…はい」


「お前が抱えていた薄暗くどす黒い想いは俺が叶えてやる。お前の出番が来そうだぞ」


玩具の傍に立った黄泉は、手足の関節の様子を確かめながら秀麗で冷酷な美貌を歪めて笑った。


「今も欲しいんだろう?」


「…はい」


「だがなあ…見当たらないんだ。あの男の魂が」


どこに埋められているのか?

どこに隠されているのか?


あの男の躯を使えば凶姫などあっさり手に入るはずなのに。


「だからおかしいと感じたんだ。必ず見つけてお前に与えてやる」


「…はい」


それ以上の言葉を発することなく、玩具は目を閉じた。
< 283 / 551 >

この作品をシェア

pagetop