宵の朔に-主さまの気まぐれ-
気負う朔や十六夜たちに対して、輝夜はひとり――伸び伸びしていた。

日がなちょこちょこ睡眠を取っては池の鯉に餌をやったり草刈りをしてみたり、息吹に倣って一緒に団子を作ってみたり…

研鑽を磨く朔からしてみれば、どうしてこうもこの状況で伸び伸びできるのか…いささか不安になるのも仕方ない。


「輝夜、お前は昔からだが自由だな。なんか実感した」


「え、そうですか?兄さん言っておきますけど‟渡り”一匹に私たちが寄ってたかって向かって行くのもどうかと思いますよ。あれはあの種族の中でも中の上ですから」


「そうなのか?」


「そうです。もっと上級になれば接近戦、心理戦、遠戦なんでも得意です。兄さんもなんでも得意ですよね?」


「遠戦はあまり好きじゃない。刃を打ち合わせてこそ男の戦いじゃないか」


「そうなんですけど、‟渡り”は心理戦ありきなんです。それに兄さんや父様や雪男たちが一斉に群がれば肉片のひとつも残りませんが、そういうの弱い者いじめみたいで好きじゃないなあ」


――全くもって言っている意味が分からない。

朔の表情にそれが如実に表れると、輝夜は短刀ひとつで木彫りをしながら視線を下げたまま笑った。


「一対一でどうぞ、と言っているんです。戦いの最中に凶姫の目を傷つけることがないよう気を付けて下さい」


「十分注意する。お前は柚葉を守っていてくれ」


「いやいや、私は兄さんの傍に居ますよ。何故そこで私がお嬢さんを守ると思っているんですか?」


「違ったのか?てっきりそうだと思ってたけど」


「違いますねそれは。私は兄さんに呼ばれて来たんです。兄さんの道が違えぬよう見守るのが私の使命ですから」


木彫りはだんだんと翼の生えた人のような姿になり、その器用さに朔は目を丸くしながらいちかばちかで問うた。


「‟渡り”はいつ来そうだ?」


「間もなくです。本当に間もなくですよ」


今はただ嵐の前の静けさ。

その荒波を無事乗り越えていけるようにと願いながら、熱心に手を動かし続けた。
< 284 / 551 >

この作品をシェア

pagetop