宵の朔に-主さまの気まぐれ-
「え…?今…なんて言った?」


突然自室に現れて、唐突に提案してきた輝夜の言葉に朔は唖然としながら畏まって座っている輝夜を穴が開くほど見つめた。


「ですから、対決の場はここにしてはいかがですか、と言いました」


「それは…危険すぎる。凶姫だけの問題じゃなくここには地下の件があるんだ」


「実は先程その件で地下の主と話をしてきました。あちらは了承してくれましたし、お祖父様をはじめ何重にも結界を張れば何ら問題ありません」


「…お前はそれで何の得があると思っているんだ?」


兄弟話ではなく百鬼夜行の主としての立場で声色を低くした朔は、何らめげていない輝夜を怜悧な目で撫でたが、輝夜は一本ずつ指を折りながらその説明を始めた。


「まず第一に、全員同じ場所に居た方が守りを固めるのが簡単です。第二に、‟渡り”は兄さんが死んでいると思っているため慢心していますから倒しやすいでしょう。第三に…お嬢さんが関わることで不測の事態が起きることを私は危惧しています」


「柚葉…か?」


「はい。私が兄さん側について行けば目の届かない所にいるお嬢さんの行動次第ではおかしなことが起きるかもしれません。かと言って兄さんの傍から離れるわけにもいきません。どうにも未来が曇るんですよ。私が見誤って凶姫のお腹の子に何かありでもしたら…」


珍しく笑みの消えた輝夜が真面目に考えた末に話にきた提案を朔は目と閉じてしばらく考えていた。

正直言って妊娠した凶姫の傍から離れるのは心配だし、気が散るかもしれない。


「…分かった。前向きに考える」


「凶姫もあの‟渡り”が兄さんに殺される場面を見たいと言っていましたし。叶えてあげて下さい」


「ん」


失礼します、と頭を下げて輝夜が部屋を出て行った後、朔はごろんと寝転がって天井を瞬きもせず見つめながらやはり輝夜の脳裏の片隅に柚葉が居ることににんまりした。


「本気になるか…?」


誰でも受け入れる、あの弟を――?
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