宵の朔に-主さまの気まぐれ-
自身の未来は見えないが――何かしらの予感はしていた。


最愛の兄に呼ばれたこと、今まで未来が見えなかったことがなかったのに、たったひとり――未来の見えない女が兄の傍に居たこと、そして…


「どうして点滅しているんでしょうねえ…」


母の腹に宿り、生まれ落ちる前に死なんとしていた時にこの身に授かった色の薄かった鬼灯の実――

それが今、淡い点滅を繰り返していた。


「やはり私の旅はこれで最後と言うことなのかな。でもそれは私の願望であって、もしこれが最後でないのなら傷つくからやめておきましょうか」


一応与えられた自室で壁に背を預けて座り、掌に置いた鬼灯の実はもう色濃く、もうこんなに色づいた鬼灯の実をまだ朔に見せていない輝夜は憂いに満ちた表情でずっと鬼灯を見ていた。


…人々を救済する度にこの実は色づく。

まだ幼い頃に家を出てずっと――ずっと現在過去未来を渡り歩いて生きてきたが、どこが最終地点でどうすればこの旅は終わるのか…明確には知らされていない。


救済して、救済した者と笑顔で別れたいのに皆泣いてそれを惜しみ、身を裂かれる思いを毎回味わって気落ちしては共に人々を救済する役目を担う仲間に励ましてもらい、それでも顔を上げてやってきた。


「終わりにしたい…兄さんの傍でのんびり過ごしたい…」


「それが鬼灯様の本音なんですね」


「おっと…足音を消すなんてあなたもやりますね」


いつもと逆の立場に陥って笑った輝夜は懐に鬼灯を隠して何故か不機嫌顔の柚葉を見上げた。


「鬼灯様、鏡見ます?今ものすごく悲しそうな顔してますよ」


「え…それはいけない。笑顔の絶えない男でいようというのが信条なのに」


「…これ、涼しくなってきたら必要だと思って薄い羽織を作りました。よかったら使ってあげて下さい」


「まあ待ちなさい、ちょっとこちらへ」


腕に水色の羽織を押し付けられた輝夜は柚葉の手首を握って呼び止めて悲しげに笑った。


「ちょっとここに居ませんか?今ひとりになりたくなくて」


「いいですよ。あなたがそれで安らぐなら」


「十分安らぎますとも。…ありがとう」


同じように壁に背を預けて座った柚葉と言葉もなく、ただ寄り添う。

穏やかな時間だった。
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