宵の朔に-主さまの気まぐれ-
確認をしなければ。

あの男が屠られている場所を。

そのためには行きたくはないが、あの男が最期を遂げた屋敷に一度出向かなければならない。

あそこに足を踏み入れるだけで身を焼かれるような痛みを味わうことになるが、背に腹は代えられない。


それにどこか気配が変質したあの女…凶姫の様子も見に行かなければ。


「冥め…俺の傍からこんなに長時間離れるとは」


忠実で歯向かったことのない人形はまだ帰らない。

もはや追うことを諦めて、新たに得た人形を弄り回していた黄泉は、意を決して次元の穴を使い、幽玄町の屋敷に出向いた。


着いた途端――やはり業火に身を焼かれたような痛みが全身に走り、声が出るのをなんとか堪えた黄泉は、がらんとした屋敷をねめつけながら見回した。

気配は感じるがどこかの部屋に匿われているのか、縁側に凶姫の姿はない。

注意深く観察していると…

縁側の片隅にひっそり置かれていたものに気付いた。

それは…それは……


「なんと…あれは…」


「ああ、また来たんですか」


聞き慣れた声に顔を上げると、あの殺した男の弟がにこやかな笑みを湛えて部屋の奥から現れた。

だが攻撃してくる気配はなく、またただ様子を見に来ただけの黄泉も攻撃するつもりもなく、腰に手をあてて余裕の演出を図った。


「そうだ。俺の女をどこへやった?」


「お前の女?お前にはもったいないあの美しい人の話ですか」


「お前も骨抜きにされた口か?あの女に手を出したらお前も殺すぞ」


「ははは。…私を侮るな」


男――輝夜の笑みが消えて空気が凍りつき、反射的に腰を低くして身構えるほど圧を受けて冷や汗が頬を伝う。


「お前の女とは片腹痛い。彼女はお前の毒牙にはもう二度とかかることはない。何故ならこの私が彼女を守るからだ。命を散らしたくなければもうここへは来るな。死にたい時は私が引導を渡してやろう」


いつもの柔和な物腰が消えて話し方も変わった輝夜に黄泉は戦慄を覚えて無言のままその場を去った。


「ふう、こんなものでしょうか」


「鬼灯様…なんか男らしかった…」


「失礼な。私はどこからどう見ても立派な男じゃないですか」


奥に隠れていた柚葉や朔が出てくると、輝夜は縁側の片隅に置いていた貝にちらりと目をやった。


「輝夜?」


「なんでもありませんよ。さ、凶姫の様子でも見に行きますか」


不安が胸をよぎったが、笑みを絶やさず朔に笑顔を向けた。
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