宵の朔に-主さまの気まぐれ-
どきどきしていた。

突然敬語をやめて‟渡り”と話をした輝夜に。


輝夜の背中側――つまり廊下に隠れていたため表情を窺い知ることはできなかったが、声色からして笑顔を消して対峙したのだろう。


「お嬢さん、顔が赤いですけどどうしました?」


「えっ!?い、いえなんでも」


「あの男…何かに気付いた風だったな。なんだったんだ?」


「もしかしたら蜃の貝に気付いたかもしれません。ですがあれは神具なのであの男が知っているかどうか」


――彼らが話している間も声が上ずってしまって気付かれたかもしれないとひとりどきどきしていた柚葉だったが…

抜け目のない輝夜は縁側に腰を下ろして柚葉に隣に座るようとんとんと叩いた。


「そういえばお嬢さんは遊郭であの男に立ち向かったんでしたっけ?無茶をしますねえ」


「あの時は夢中で…。い、今は絶対無理ですよ」


「そうですよ、もう二度としないで下さいね。ところでものすごくちらちら見られてるんですけどなんですか?」


「えっ?見てませんよ、自意識過剰なんじゃないですか?」


朔はふたりのやりとりを居間で茶を飲みながら見ていたのだが…終始にやにやしていた。


「まさか私が欲しいんですか?仕方ないなあ、私は皆のもので引っ張りだこで順番待ちができるほどですが特別にすぐお相手をして差し上げて…」


「その話もういいです」


そっけなく返されて肩を竦めた輝夜だったが、朔は思わず口に含んだ茶を吹きだしそうになってむせてふたりに心配された。


「兄さんどうしました?むせるなんて珍しいですね」


「ん、ごめ…」


なおも咳き込む朔だったが、ふたりのやりとりがあまりにもおかしくてむせたとはとても言い出せず、輝夜に背中をさすられながら口元を手で隠してずっと笑っていた。
< 291 / 551 >

この作品をシェア

pagetop