宵の朔に-主さまの気まぐれ-
夕暮れになると、百鬼夜行を行うために広大な庭には数十もの百鬼が集って大騒ぎをする。

そうなればいくら彼らが自分たちを守ってくれる存在だと分かっていても、幽玄町に住む住人たちは固く戸を閉じて息を潜める。

柚葉は百鬼の中でもそんなに多くはない女の妖に小物を作ってあげたりしたことがきっかけで彼女たちと話をする機会も多くなり、雑談をするようになっていた。


「そういえば最近鬼灯様が伽にお相手をして下さらないの。何か忙しいとか言ってたわ。柚葉さん理由を知ってる?」


「いえ…でも‟渡り”の件で忙しいのは確かかも…」


「主さまは私たち百鬼には手を出さないからもう見るだけで諦めるとしても鬼灯様の嫁にはなれるんじゃないかってみんな期待してるのに」


「へえ…そうなんですか…。それは大変そうですね…」


「何が大変なの?優しくて強くていい男じゃない。そういえば柚葉さんは鬼灯様とよく話してるわね。あなたまさか…」


「違いますよ!鬼灯様なんて眼中にな…」


「眼中に、なんですって?」


目下話題の男に背後を取られて固まってしまった柚葉は、俄かに騒ぎ出した彼女たちにため息をついて見せた。


「こういう所が嫌なんです」


「私を嫌がるなんてお嬢さん、あなただけじゃないかなあ」


「いいえ、鬼灯様の性格が分かれば今はこうして持ち上げて下さってる皆さんも落胆しますから」


「ははは、あなたは私をよく知っているということなんですね?それはやっぱり私のことを好…」


「あ、そういえば美味しい果実を頂いたので姫様に持って行きますね。皆さん気を付けて行ってらっしゃい」


会話を切り上げた柚葉が居間に上がって机に置いていた梨を取ろうとすると、それをひょいっと輝夜に奪われてむっ。


「私も一緒に行きましょう。お嬢さん最近私に冷たいですね」


「そうですか?これくらいがちょうどよくないですか?」


「ええ?やだなあ、優しくしてほしいんですけど。ちなみに私は夜伽も優…」


「その話ももういいです」


今度こそ、朔が吹き出して腹を抱えて笑った。


「お前たち夫婦漫才みたいだな」


「やめて下さい主さま!私の殿方に対する理想は山より高いんですから」


「ふむ、そこに山があるから!乗り越える!」


「馬鹿言ってないでそれ返して下さいっ」


ごちゃごちゃ騒ぎなら凶姫の部屋に向かいつつ、朔の笑顔にも未だにきゅんとする自分自身を戒めていた。
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