宵の朔に-主さまの気まぐれ-
朔の自室では夜な夜な兄弟ふたりの酒盛りが行われていた。

時には雪男や銀たちが加わったりもするが、幼い頃ある意味生き別れのような状態で離れたふたりにとってはどれだけ時を費やしても足りないほどの喪失感があり、それを埋めるかのように様々な話題で盛り上がっていた。


「え…?柚葉に口付けをした?」


「ええまあ加護を授けるのに必要なことだったので。本当は一晩共にした方が良かったんですけど」


「ちょ…ちょっと待て。一晩って?」


「夜伽のことですけど。ですがお嬢さんまだ未経験らしいのでさすがに私がはじめての男になるのは可哀想ですし、無理矢理ともなれば何度殺されても飽き足りないほど恨まれそうなので」


――目を白黒させている朔をよそに輝夜は面白そうに盃を口に運んでにやりと笑った。


「お嬢さんを振ったくせになんですか、私に文句でも?」


「いや、そうじゃないけど…やけに柚葉に構うから不思議なだけだ」


「兄さんの物語にお嬢さんは深く関わっていそうなんです。だから彼女の身に何も起きぬよう私も注意してるんですよ」


「輝夜、それは違うぞ」


朔は盃を畳の上に置いて、輝夜の膝をぐっと掴んで身を乗り出した。


「これは俺の物語でもあり、お前の物語でもあるんだ。柚葉は登場人物で、俺とお前の間で揺れている女。だが俺は柚葉を振り、お前が傍に居て甲斐甲斐しく世話を焼いている。これが本の中の物語ならば…お前たちはくっつく」


「ははっ、現実はそんなに簡単なものでは…」


「お前が無意識にそうなるのを避けているだけだ。輝夜、もう少し己の心に耳を傾けてみろ。お前は周りの人々の声に耳を傾けすぎるんだ。いいな?正直になれ」


「…はい」


――でも兄さん。

私には欠けているものがあるんです。

それを取り戻さない限りは己の心に耳を傾けることなど、到底できない――


「さ、飲み直そう」


朔の音頭で盃を軽く打ち合わせて口に運びながら、そう告白しそうになるのをなんとか堪えた。
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