宵の朔に-主さまの気まぐれ-
夢を見た。

産着に包んだ赤子を凶姫が腕に抱き、菩薩の如き笑みで小さな手を突いている。

雪男と対峙した時に見た夢によく似ていて、あの時は…恐ろしい結末になって叫びそうになったけれど、今回は違う。


『朔、この子とてもよく笑うの。あなたに似ているのね』


隣に座るとまだ目も開いていない我が子は大きな欠伸をしていて、ふいに目頭が熱くなって空を見上げた。


『こんなに穏やかな時を与えてくれてありがとう…朔』


それは、こちらの台詞だ――


そう言いかけた時、はっとして飛び起きた。


そこは自室で、やはりあれは夢なのだと思いながらも頬は濡れていて――手の甲で拭いながら部屋を出て、何かあった時にすぐ駆けつけることができるようにと凶姫の部屋はすぐ近くにしていたためすぐ部屋の前に着いた朔は、そっと襖を開けた。


「朔?早いわね、どうしたの?」


声をかけてきた凶姫は庭に通じる縁側に座って集まる小鳥に果実や米を撒いていて、今まで感謝の意を伝えていなかった朔は、隣に座って凶姫の頬に触れた。


「?どうしたの?」


「芙蓉…俺の子を孕んでいると知った時、本当に驚いたんだ。母様も順番が違うって顔してたし、俺は驚きすぎて…お前にちゃんと伝えてなかった」


「何を?」


「ありがとう。俺の…俺たちの子を生んでくれるお前を大切にしたい。本当はすごく嬉しいのにちゃんと伝えてなかったと思って」


「伝わってるわよ」


「え?」


「伝わってる。あなたがここに私に会いに来てくれる度にお腹に触ってくれるでしょう?その手がとても優しくて、私はいつも安心するのよ。だから心配しなくても大丈夫よ、朔」


にこっと笑った凶姫をやわらかく抱きしめた朔は、無意識に凶姫の腹に掌をあてて囁いた。


「絶対守るから」


「信じてる」


小鳥が凶姫の頭にちょこんと座って笑った朔は、凶姫と一緒に小鳥に餌をやって穏やかな時を過ごした。
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