宵の朔に-主さまの気まぐれ-
輝夜が毎日のように部屋にやって来ては日がな気ままに過ごしていることが多いため、来ない時はそれなりに気になる。

だが先日突然口付けをされてからそれが腹に据えかねて怒っていた柚葉は、輝夜の部屋に様子を見に行くことなく部屋に閉じこもっていた。

食事時には顔を合わせるが会話をすることはなく、またあちらも話しかけてはこない。


「悪いと思ってるってことなのかな…」


男として意識してしまっている自分にも罪悪感を感じていた。

あれほど朔を想っていたのにこんなにすぐ他の男に心が移りかけている自分に対して、怒っていた。


「…ああむしゃくしゃする。やっぱりばしっと言わなくちゃ」


――普段慎ましやかなのにこういう所が息吹と似ていて兄弟に微笑ましく思われているわけだが、腰を上げた柚葉はどすどすと足音を立てながら輝夜の部屋に向かい、やや強めに襖を叩いた。


「鬼灯様。いらっしゃいます?」


「ええどうぞ」


のんびりした声。

またいらっとして襖を開けると、輝夜は愛刀の手入れをしていた最中で顔を上げた。


「どうしました?」


「どうしましたっていうか…昨日のことですけどっ」


「ああ…やっぱりそのことですか。怒ってるんですね?」


「当然です!加護ってなんですか?あんな方法でしかできなかったんですかっ?」


「あれが最も簡単な方法だったので。本当なら抱いた方が良かったんですが」


「抱…だ…っ!?」


――声がひっくり返った柚葉にぷっと笑った輝夜はちゃんと胸元を正して正座すると、ぺこりと頭を下げた。


「断ってするべきでした。ごめんなさい」


「断ってっていうか…駄目でしょ…好きな人とでなきゃあんなことはしちゃいけないんですよ」


「そう…ですか?そうですね…気を付けます」


怒る気が失せた柚葉は輝夜の前に座って儚げに微笑んでいる輝夜にぴしゃり。


「あなたはどこか常識がありません。もっと自分を大切にして下さい」


「兄さんと同じようなことを言いますね。取り戻したら…そうします」


何を、とは訊かなかった。

こくんと頷いた柚葉の顔を覗き込んだ輝夜は、実は以前から思っていたことを口にした。


「ところでお嬢さん、相談があるんですが」


「はい?」


「私が完全なものになったら、お嬢さんの処女を頂いてもいいですか?」


「は…はいっ!?」


「そうなるにはまずあなたに好かれなくてはいけませんが、難関ですねえ。とりあえずよろしくお願いしますね」


「な…何をよろしくされてるんですか!?」


「私の‟はじめて”はあなたがいいなと思って」


唖然としすぎて言葉を紡げない柚葉の頭をなでなでした輝夜は、唇に人差し指をあててにっこり。


「約束ですよ。誰にも言わないで下さいね」


何か訳のわからない約束を取り付けられて、否定もできずあわあわしていた。
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