宵の朔に-主さまの気まぐれ-
凶姫の体調は一向に優れず、どちらかといえば悪くなる一方だった。

常に吐き気に襲われては寝込んでいることが多く、朔は手が空いている間は片時も離れず凶姫の気が済むまで好きなことをさせて好きなものを食べさせて、いらいらしていて理不尽に怒られてもにこにこしていた。


「…どうしてあなたはそうなのよ」


「何が?」


「こんなに私が我が儘を言っても嫌な顔ひとつしないし、こっちが自己嫌悪に陥るわ」


「我が儘?可愛いものじゃないか、好きなだけ言えばいい。欲しいものはなんでも手に入れてやるから言って」


「…あなたが居ればいい。朔、手を握って」


「手だけでいいのか?ほら」


きゅっと手を握ってくれた朔にほっとした凶姫は、身体を起こしてもらって晴明が煎じてくれたつわりに効く薬湯を飲んで息をついた。


「こんなに私の部屋に通い詰めだとみんなが不審に思わないかしら?」


「どう思われたって別にいい。だってお前は俺の子を孕んでるんだ。本当は声を大にして皆に言いたいのに」


「それは駄目よ、まだ安定期でもないんだから晴明さんの話では安定期に入るまでじっとしていた方がいいんですって。せめてそれまではみんなに言うのは待って」


「ふうん、お祖父様がそう言うなら信じるけど。蜜柑剥いてやろうか、一緒に食べよう」


甲斐甲斐しく世話をしてくれる朔に心が満たされてほんわかしていると――雪男が気まずそうに出入り口で咳ばらいをして朔が振り返った。


「どうした?」


「あのー…ちょっとその…来客が…」


「夕暮れ時にか?百鬼夜行前だぞ、誰だ?」


「ええと…主さまの客じゃなくて…凶姫に用があるらしいんだよな」


雪男の真っ青な目が忙しなくきょときょとと動き、嫌な予感がした朔は首を傾げる凶姫を寝かしつけて微笑んだ。


「ちょっと待ってて、先に俺が会って来る」


「私に会いに来るなんて誰かしら?何故ここに居るって知ってるの?」


「分からない。それを聞いて来る」


絶対的な嫌な予感。

雪男の表情からして客人は招かれざる客らしい。


「全く…こんな時に」


居間に移動すると庭には集結した百鬼と、彼らに囲まれて縮こまっている男がひとり。


嫌な予感は、的中した。
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