宵の朔に-主さまの気まぐれ-
「奴は凶姫の男なのか?」


「ふむ、もしそうだとしたら主さまの嫁候補ではなかったということか」


「では可愛らしいお嬢ちゃんの方が主さまの嫁候補なのか?」


百鬼たちに取り囲まれて顔が青ざめている男と対面した朔は、縁側に立って男を見下ろしていた。

…優しげな風貌の男だ。

鬼族の男らしからぬ優男で、これではあの凶事が起きた時に逃げ出すわけだと思わせるほどに線が細い。


この男が元許嫁だとすれば今更のこのこ何をしにやって来たのか?


「知らない男だが。何をしに来た?」


「わ、私は風雅(ふうが)と申します。こちらに芙蓉が滞在していると聞いて会いに…」


「…本人から話は聞いている。お前は‟渡り”が襲来した時に逃げ出した男だな?遊郭に売り飛ばされてから今日に至るまで何の連絡もなく引き取ることもなく今更何をしにやって来た?」


――朔からじわりと殺気が滲み出し、この男が朔に敵認定されたと分かった百鬼たちは噂話をやめていつでも攻撃できるよう息を詰めて風雅をぎらついた目で見た。


「そ、それについては言い訳致しません。私はあの時逃げ出したことを激しく後悔しています。どうか…どうかお目通りを!私の話を彼女に聞いていただ…」


「許さない。帰れ」


端的に告げて背を向けた朔だったが――視線の先に柚葉に身体を支えてもらって立っていた凶姫を見て息をついた。


「風雅…」


「会うのか?お前を捨てた男だぞ」


「…ここまで会いに来てくれたんだから会うわよ。ねえ、私を信じてね」


「それはもちろん」


身体を引いて縁側に凶姫を通した朔は、ふたりが見つめ合ったのを見て若干苛立ちながらも雪男にぽんと肩を叩かれて唇を真一文字に引き結んだ。


「なんだ、殺したりしない」


「分かってるって。どんと構えてろよ。父親になるんだろ」


ぼそりと囁かれて腕を組んで頷いた朔は、縁側に座った凶姫の前に立って膝をついた風雅を冷めた目で見下ろしていた。


「元気そうね」


「芙蓉…君もね」


凶姫の真名を呼ぶ風雅にいらり。

自分は意外と心が狭いのだなと朔は苦笑しながら、ふたりを見守った。
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