宵の朔に-主さまの気まぐれ-
凶姫の目は‟渡り”に奪われたため常に閉じられている。

緋色の打ち掛けを見に纏い、長い髪は垂らされたまま。

昔はいつも髪は緩く三つ編みで纏められていたことが多かったため、どこか違う印象を受けた風雅は、柱に寄りかかって立ったままこちらを見つめていた朔と目が合って震え上がった。


凶姫を庇護しているこの百鬼夜行の主の眼差しが持つ威力は凄まじく、例え敵であっても傘下に下って仲間に加わることもあるという圧倒的な美貌――

凶姫との関係も気になったが、ひとまずはつらい時に見放してしまったことを謝らなければとその手をそっと握った。


「義母さんも義父さんも殺されてしまって、すぐ駆けつけられず申し訳なかった」


「…いいのよ」


「君を託されていたのに。私は…戦わなければいけなかったのに足が震えて君を助けに行けなかったんだ」


「……用は何なの?私、色々あったけれど今はそれも経験だったと思っているからあなたは気にしないで」


許嫁同士だった時は手を繋ぐ位はしていたが、握った手の指の感触は固く、緊張しているのが分かって風雅は勇気づけるように軽く手を揺すった。


「迎えに来たんだ。君を家に迎え入れて、私の妻として来て欲しい。目が見えなくたっていいんだ。何せ私は亡くなった義母さんたちに君を託されて…」


「お母様たちには申し訳ないけれど、私はあなたの妻にはなれない。家族を失って身体も汚れてしまって、あなたみたいに良い家のお坊ちゃんとはもう縁がないのよ。だからもう手を離して」


昔から矜持が高くてつんつんしているのは変わらなかったが――美しさを増した凶姫の心を得たくてさらに言葉を募ろうとしたが――

その顔色は青白く、風雅が覗き込むような仕草をすると、朔が動いて凶姫の肩に手を置いた。


「具合が悪いんだ。もうそれ以上話はしないでくれ」


「ごめんなさいね風雅。会えて嬉しかった。どうか元気で」


別れの言葉を告げられて逆上した風雅が諦めきれず凶姫の手を掴む。


「待って、どうか私の話を…!」


吐き気を覚えて口元を手で覆った凶姫は、あまりのしつこさにかっとして――叫んだ。


「離してってって言ってるでしょう!?具合が悪いのよ!私…妊娠しているの!」


――百鬼の前で。

今まで隠していたのについ口走ってしまい、我に返ったがもう後の祭り。


皆がぽかん。

朔ひとり、吹き出して笑っていた。
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