宵の朔に-主さまの気まぐれ-
息吹はじっとしていることがほとんどない。
掃除、食事の用意、繕い――目まぐるしく動いている息吹の手を掴んで驚かせた十六夜は、そのまま縁側まで引っ張っていって座らせた。
「主さま?」
今も息吹は癖で十六夜のことを『主さま』と呼ぶ。
もう隠居してから随分経つのにそれを咎めることがないのは、息吹が『十六夜さん』と呼ぶ度にどうしようもなく激情に駆られて求めてしまうからだ。
子が沢山できたのはそれも理由のひとつであったため、むしろ『主さま』と呼んでくれる方がありがたい。
「…じっとしていろ」
「でも主さま、こんなにお家にたくさん人が居ることってもうないでしょ?だから私楽しくって」
「…お前がちょろちょろ動く必要はない。あれらは全員成人しているんだ。むしろお前が世話される方なんだぞ」
「おばあちゃん扱いしないでくれる?失礼しちゃう」
頬を膨らませてようやく一息ついた息吹は、相変わらず花が咲き誇る庭を眺めて微笑んだ。
幼い頃ここへ来た時は花など一切植えられていなかったし、寂しい印象だったこの庭に花を植えて、そして子供たちが花の世話をしてくれる――ここは、変わった。
そして、十六夜も。
「主さま、姫ちゃんとお話しした?とっても可愛いの。ひどいことされてきたのに凛としてて、私は大好き」
「…お前の方が凛としている」
「え?私は…私は泣いてばかりだよ?でも私が泣くと主さまが悲しむから泣かないようにしてるの。ほら、ここに皺が寄って元々怖い顔がさらに怖くなっちゃうんだから」
眉間に人差し指をぐりぐりされてため息をついて手で払った十六夜は、再び‟渡り”と相まみえてしまったことを謝らなければと息吹の目をじっと見つめた。
「息吹…‟渡り”のことだが」
「主さまいいの、分かってるから。みんなともう私に関わらせないって話し合ってくれたんでしょ?私は大丈夫。そんなに弱くないんだから」
「…お前が弱くないのは知っている」
そっと肩を抱いて引き寄せると、肩にこつんと頭を預けてきた息吹と蝉の鳴き声を聞きながら目を閉じた。
「…そろそろ旅立つ時だな」
「そうだね…どこに連れてってくれるのか楽しみ。…十六夜さん」
どくん、と身体の奥底から何かが騒いだ。
騒いで喚く本能を抑えることは適わず、十六夜は再び息吹の手を引っ張って――部屋へ連れて行った。
掃除、食事の用意、繕い――目まぐるしく動いている息吹の手を掴んで驚かせた十六夜は、そのまま縁側まで引っ張っていって座らせた。
「主さま?」
今も息吹は癖で十六夜のことを『主さま』と呼ぶ。
もう隠居してから随分経つのにそれを咎めることがないのは、息吹が『十六夜さん』と呼ぶ度にどうしようもなく激情に駆られて求めてしまうからだ。
子が沢山できたのはそれも理由のひとつであったため、むしろ『主さま』と呼んでくれる方がありがたい。
「…じっとしていろ」
「でも主さま、こんなにお家にたくさん人が居ることってもうないでしょ?だから私楽しくって」
「…お前がちょろちょろ動く必要はない。あれらは全員成人しているんだ。むしろお前が世話される方なんだぞ」
「おばあちゃん扱いしないでくれる?失礼しちゃう」
頬を膨らませてようやく一息ついた息吹は、相変わらず花が咲き誇る庭を眺めて微笑んだ。
幼い頃ここへ来た時は花など一切植えられていなかったし、寂しい印象だったこの庭に花を植えて、そして子供たちが花の世話をしてくれる――ここは、変わった。
そして、十六夜も。
「主さま、姫ちゃんとお話しした?とっても可愛いの。ひどいことされてきたのに凛としてて、私は大好き」
「…お前の方が凛としている」
「え?私は…私は泣いてばかりだよ?でも私が泣くと主さまが悲しむから泣かないようにしてるの。ほら、ここに皺が寄って元々怖い顔がさらに怖くなっちゃうんだから」
眉間に人差し指をぐりぐりされてため息をついて手で払った十六夜は、再び‟渡り”と相まみえてしまったことを謝らなければと息吹の目をじっと見つめた。
「息吹…‟渡り”のことだが」
「主さまいいの、分かってるから。みんなともう私に関わらせないって話し合ってくれたんでしょ?私は大丈夫。そんなに弱くないんだから」
「…お前が弱くないのは知っている」
そっと肩を抱いて引き寄せると、肩にこつんと頭を預けてきた息吹と蝉の鳴き声を聞きながら目を閉じた。
「…そろそろ旅立つ時だな」
「そうだね…どこに連れてってくれるのか楽しみ。…十六夜さん」
どくん、と身体の奥底から何かが騒いだ。
騒いで喚く本能を抑えることは適わず、十六夜は再び息吹の手を引っ張って――部屋へ連れて行った。