宵の朔に-主さまの気まぐれ-
甘い時を過ごした後、ふたりで居間に移って縁側に座って昔よくしていたように庭を眺めていた。

赤子の頃幽玄橋に捨てられてこの屋敷に連れて来られて幼少期を過ごしたこと――走馬灯のように次々と思い出されてまったり茶を飲んでいると、朔がひょっこり現れて手招きして呼び寄せた。


「朔ちゃんいいところに。ちょっと言いたいことがあるの。おいで」


ぎくっとした顔になった長男ににっこり笑いかけた息吹は、言う通り傍に座った朔の前で正座をすると、これはやばいと思ったのか、朔も正座になった。


「朔ちゃん。夫婦になる前に赤ちゃんができるのってどう思う?」


「それは…ごめんなさい」


「いくら同意があったとしても、人の習わしでは夫婦になってから赤ちゃんができるものなんです。そこは考えた?」


「あ…いえ…その…」


「でもとっても素敵なことだよ。赤ちゃんを生んでくれる姫ちゃんを大切にしなきゃね。毎日感謝して、毎日優しくしてあげるんだよ。分かってるよね?」


「はい、それはもう。父様と母様にちゃんと言わず申し訳ありませんでした。俺は…芙蓉を嫁にしてもいいんですよね?」


息吹は隣の十六夜をじっと見つめた。

家長である十六夜の決定が絶対なため、朔も緊張した面持ちで十六夜を見ていたが――十六夜は煙管を吹かして舞う煙を見上げながらぼそりと呟いた。


「お前がいいならそれでいい。いい女を見つけたな」


「ありがとうございます。父様も母様に毎日感謝して、毎日優しくしてあげているんですよね?」


「……」


最高に口下手なため満足に息吹に感謝の意を伝えることがいつもできないでいる十六夜は、にやついている長男の頭を煙管でぽかりと叩くと、手で払った。


「もう行け」


「はい。母様、また後で」


「うん。つわりって本当につらいから姫ちゃんの傍に居てあげてね」


ふわりと笑った笑顔は息吹似。

息吹は気合を入れた。


「目指せ!鬼姑!」


「無理だな、無理」


また否定されて、むっつり。
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