宵の朔に-主さまの気まぐれ-
輝夜に‟大切なひと時を”と言われて凶姫の手を引いて自室に戻った朔は、黙り込んでいる凶姫を座らせて本棚の前に立って品定めを始めた。


「本でも読んでやろうか。何がいいかな…」


「朔」


「うん?」


正座して背を正している凶姫の様子がいつもと違うため、目の前に座った朔は幾分か顔色の良い凶姫を見つめた。

だが待てど暮らせど口を開く様子はなく、また朔も短気ではないためじっと待っていると――


「私の目が見えないのは…今日までなのよね?」


「ん、そうだと思う。俺が必ず取り戻してやるから」


ほっと息をついた凶姫は、手を伸ばして手探りで朔の頬に触れて静かに問うた。


「あなたの顔が見えないのも、今日までなのよね?」


「うん。俺の顔は一度しか見てなかったんだったな。そこそこ男前だっただろ?」


「そこそこどころか。あなたの顔を毎日見ることになるのよね?それはちょっと…心臓に悪いわね」


「見たいのか見たくないのかどっちなんだか」


ふっと笑った朔に笑みを誘われた凶姫は、足を崩して座り直すと本棚の方を指した。


「輝夜さんは‟大切なひと時を”って言ってたけど、あなたの‟大切なひと時”って私に本の読み聞かせをすることなの?」


「や、他に思いつかなかったから。何か他にあるのか?」


「ふうん、意外と淡泊なのかしら?じゃあ私がお誘いをかけなくちゃいけないのね」


すくっと立ち上がった凶姫をきょとんとした顔で見上げた朔は、帯を外し始めた凶姫にやや茫然。


「急にどうしたの」


「私の身体は今からどんどん変化するの。お腹が大きくなって、美しくなくなるわ。だから…その目に焼き付けておいて」


言わんとする意味にすぐ気付いたが、それよりも体調を慮る朔は腰を浮かしてその手を握って止めた。


「無理はしない方がいい。体調が…」


「平気よ。あなたまさか私が出産するまで抱かないつもり?悪いけど私、そんな淡泊な女じゃないの。抱かないつもりなら、私から襲い掛かるわよ」


――まさかの襲う宣言に吹き出した朔は、無邪気な笑みを浮かべて改めて凶姫の前で座り直した。


「見せてくれ、その美しい身体を。腹が大きくなっても醜いと思ったりしないけど」


「明日、再び私の運命は大きく変わるわ。あなたの手によって」


着物を脱いで一糸纏わぬ姿になった凶姫はやはり美しく、朔は目と牙が疼きながらその手を引いて抱き寄せた。
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