宵の朔に-主さまの気まぐれ-
腰に…

髪に…

輝夜の手がさわさわと触れて、意識せざるを得ない柚葉は腰に巻き付いた輝夜の手をぎゅっとつねった。


「や、やめて下さい…」


「お嬢さんは鬼族の女にしては豊満でもないし、欲に忠実でもないですよね。男に抱かれたいと思ったことは?」


「そんなこと…考えたことな…」


「兄さんに抱かれたいと思ったことは?」


――考えなくもなかったが、あり得ないことと確信していたため妄想の中で考えたことはあった。

だがまだ男に抱かれたことのない柚葉にとってはどんなことをされて、どうなるのか――想像が及ばない。


「そんな鬼灯様はどうなんですか?女を抱きたいと思ったことは?」


「そうですね、ないですね。ああでもお嬢さんの処女は頂きますよ。少しは私のことを好きになりました?」


そう訊かれても正直に答えるわけいはいかず黙り込んでいると、さらに身体を抱き寄せられて背後から密着されてまた硬直。


「答えないということは、少しは気があると思っていいわけですね」


「私、私を好いてくれる方でないと嫌です。鬼灯様はそうじゃないじゃないですか。どうしてこんなに私に構うんですか。秘密なら誰にも明かしませんからもう構わないで」


語尾が強い口調になってしまい、そして輝夜が黙ってしまい――思わず肩越しに恐る恐る振り返ると…


輝夜はまるで捨てられた子犬のような顔をしていて、胸がきゅんと妙な音を立てた。


「そうですか、私に構われるのが嫌だ、と。…嫌われるのはさすがに悲しいですから、もうあなたに構うのはやめます。迷惑をかけましたね」


「ほ、鬼灯様…」


すっと身体を離して起き上がった輝夜は少し冷めた目をしていて、自分に関心を失くしたのかと思うとなんだか耐えられない気持ちになって立ち上がろうとする輝夜の手を反射的に握って押し止めた。


「…なんですか?」


「…言い過ぎました。ごめんなさい…。あなたを傷つけたいわけじゃないんです。こんなに傷つきやすい方なのに…ごめんなさい」


繰り返し謝って頭を下げると、小さく息をついた音が聞こえた。


「あなたに弱さをまた見られるだなんて。本当に不思議な人だ」


なおも感傷的に笑みを浮かべる輝夜を無性に抱きしめたくなった。

柚葉は本能に従い、両膝をついたまま立ち上がって――


輝夜を抱きしめた。
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