宵の朔に-主さまの気まぐれ-
「くそ…相変わらずここの結界は厄介だな…。それにいつもと違うぞ…?」


身体中に走る痛みを堪えながら冥と共に屋敷の庭に降り立った黄泉は、すぐにその違和感を理解した。

屋敷の四隅に――恐ろしげな顔をした巨大な仏神が腕を組んで佇んでいたからだ。


彼らは十二神将。

滅多に他者に力を貸すことのない誇り高き仏神が十二体も顕現して屋敷を取り囲んでいたからだ。

そして何故か痛みにも開放されて首を傾げた。


「罠か…?」


冥は自ら進んで発言することはほとんどなかったが、しんと静まり返った屋敷には‟これは違う”と直感が働いて、片腕ながらも黄泉の前に立って四方を注意深く見回した。


「主…おかしいです」


「分かっている。俺はな、この前ここへ来た時に見たんだ。そこの庭先に本来人などが持ってはいけない神具があるのを」


黄泉は庭を突っ切って縁側に着くと――片隅にひっそり置かれている貝を見つけて鼻の頭に皺を寄せた。

本来不干渉の天に居る孤高の者が手を貸している可能性――それは確信となり、空を見上げて睨んだ。


「何故だ。たかが盲目の女ひとり…たかがこのちっぽけな島国に住む妖ひとりに何故手を貸す?」


ことり、と音を立てて貝を手にした黄泉は、憎しみを込めて貝を握り潰した。


途端、晴れる視界。

晴れた途端、目の前に笑みを浮かべて佇んでいた男に目を見張って飛び退った。


「貴様…!やはり生きていたのか!」


「俺を心配して助けに来てくれた弟のおかげでな。お前、今日は逃げられないぞ。四方の十二神将を見たか?」


その男――朔は、黄泉の目から見てもかなり美しい部類の男だった。

男を傀儡にする趣味はなかったが、鑑賞物としては十分あり得る。

これを囮にして女を惑わせて新たな傀儡を作るのも楽しいなと思っていた黄泉は、唇を吊り上げて冷淡な美貌を歪ませて笑った。


「見たが、それがなんだ?お前を殺せばここを出られるんだろう?それと…俺の女はどうした?」


「お前の女?そんな女、どこに居る?」


黄泉は朔から視線を外して居間の隅に居た凶姫を捉えた。

そして、すぐに気付いた。


凶姫の腹の中に存在する、小さな命に。
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