宵の朔に-主さまの気まぐれ-
呼び出されてまずいものが現れてしまう――

輝夜は朔の背後に立っていたが、咄嗟に強い口調で朔に指示を出した。


「兄さん!止めて下さい!」


朔が反射的に動き、目に追えぬ速さで天叢雲を抜くと、召喚の体勢に入って無防備だった黄泉の頭上目掛けて振りかぶった。

だがそれを高い剣戟の音と共に弾いた冥は、無表情のまま朔の間合いに入らぬよう注意しつつも黄泉の前に立ち塞がった。


「…動くな」


「傀儡…お前は主のその男よりやたら芙蓉に目を遣るが、なんだ?あれらを倒して芙蓉を殺すつもりか?」


「…」


「朔よ、冗談を言うな。そんな傀儡に俺たちが倒れるものか」


銀が鼻を鳴らしながら不遜げにそう吐き捨てたが、芙蓉のことは気にかかりつつも黄泉から目を離してはいけない――

輝夜は朔と黄泉との一対一の戦いを望んでいたため、冥に邪魔されて歯噛みしつつも自ら手を出すことはなかった。


「輝夜、何が出るんだ?」


「…墓場で拾ってきたものでしょう。兄さん、気を確かに」


「…?」


眉を潜めている輝夜を背後に庇いつつ、朔は黄泉の足元にとぐろを巻きながら現れた真っ黒な穴に注視していた。

黄泉は――薄笑いを浮かべて冥に守られている。

片腕ながら攻撃を防いだ冥に眉を上げつつ睨みをきかせていると――その穴が揺らいで、何かが…人の頭のようなものが現れた。


「…なんだ?」


「お前が恋しくて恋しくて、死んで後も想いを遺したまま彷徨っていた女だよ。まさか覚えがない、とは言うまい」


――死んでから後も想いを遺したまま?

朔がその言葉で考えを巡らせているうちに、頭だけ見えていた謎の人物が徐々に姿を現した。


その髪…

その目…

その唇…


「…!あ、あなたは…」


「朔……」


女ながらにその少し低い声は、かつて身近にあったもの。


朔の天叢雲を握る手が、だらりと下がった。
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