宵の朔に-主さまの気まぐれ-
考えているうちにも悶え苦しんでいる黄泉の右肘からはなおも出血が続き、その手を切り落としたことについては後悔はしていないが、罪悪感を覚えてきた柚葉は意を決して立ち上がった。
「なん、んだ…?ここからは、逃げられんぞ…!」
「じっとしてて下さい」
「な、に…?」
着ている桃色の着物を見下ろした。
お気に入りだったんだけどな、とひとつため息をついて、持っていた短刀で膝上まで一気に着物を切り裂き、黄泉が目を見張った。
そのまま黄泉の前まで移動して膝を折ると、出血の続く右肘の上を切れ端で強く縛って苦悶の声を上げさせた。
「ぐ、ぁあ…っ!」
「お、お、男なんでしょう!?これ位、我慢して下さい!」
――柚葉自身、鬼族の中では珍しく血が苦手で、珍しく治癒の術が使える。
本当は今も大量の血を見て卒倒しそうになっていたのだが、なんとか堪えて両手を右肘に翳した。
「何をする、気だ…!?」
「とりあえず血を止めます。できるのは、それだけ」
治癒の術は気力体力ともに激しく消耗する。
もし…もし血を止めた後黄泉に襲われれば自分は死んでしまうだろう。
だがこの男に情など全くなかったが、苦しんでいる姿は見たくはない。
いくら凶姫を助けるためだったとはいえ、これは自分が負わせた傷なのだから。
「あなた傀儡師なんでしょう?その手を自分でくっつけることはできないの?」
「できるか、阿呆が…!俺の利き腕は右だ。…もう俺は傀儡を作ることができなくなった。お前のせいだぞ…!」
「あなたは姫様の全てを壊そうとしたわ。それだけは、絶対に許さない。私はあなたを絶対許さない」
黄泉はもう傀儡を作れない――
ということは、あの冥という女の両腕を治すこともできなければ、怪異としては限りなく卑小な存在となるのだろう。
もう――凶姫や朔を襲うことも、きっとできない。
「ふん…ならばその短刀で俺を殺せばいいだろうが」
「殺しなんてしたくない。あなたは、主さまに殺されるのよ」
逃げ場はない。
この男も、自分も。
どちらが死に、どちらが生きるか――
生死を分かつ状況の中、柚葉は大きく深呼吸をして黄泉の治療を続けた。
「なん、んだ…?ここからは、逃げられんぞ…!」
「じっとしてて下さい」
「な、に…?」
着ている桃色の着物を見下ろした。
お気に入りだったんだけどな、とひとつため息をついて、持っていた短刀で膝上まで一気に着物を切り裂き、黄泉が目を見張った。
そのまま黄泉の前まで移動して膝を折ると、出血の続く右肘の上を切れ端で強く縛って苦悶の声を上げさせた。
「ぐ、ぁあ…っ!」
「お、お、男なんでしょう!?これ位、我慢して下さい!」
――柚葉自身、鬼族の中では珍しく血が苦手で、珍しく治癒の術が使える。
本当は今も大量の血を見て卒倒しそうになっていたのだが、なんとか堪えて両手を右肘に翳した。
「何をする、気だ…!?」
「とりあえず血を止めます。できるのは、それだけ」
治癒の術は気力体力ともに激しく消耗する。
もし…もし血を止めた後黄泉に襲われれば自分は死んでしまうだろう。
だがこの男に情など全くなかったが、苦しんでいる姿は見たくはない。
いくら凶姫を助けるためだったとはいえ、これは自分が負わせた傷なのだから。
「あなた傀儡師なんでしょう?その手を自分でくっつけることはできないの?」
「できるか、阿呆が…!俺の利き腕は右だ。…もう俺は傀儡を作ることができなくなった。お前のせいだぞ…!」
「あなたは姫様の全てを壊そうとしたわ。それだけは、絶対に許さない。私はあなたを絶対許さない」
黄泉はもう傀儡を作れない――
ということは、あの冥という女の両腕を治すこともできなければ、怪異としては限りなく卑小な存在となるのだろう。
もう――凶姫や朔を襲うことも、きっとできない。
「ふん…ならばその短刀で俺を殺せばいいだろうが」
「殺しなんてしたくない。あなたは、主さまに殺されるのよ」
逃げ場はない。
この男も、自分も。
どちらが死に、どちらが生きるか――
生死を分かつ状況の中、柚葉は大きく深呼吸をして黄泉の治療を続けた。