宵の朔に-主さまの気まぐれ-

朔と柚葉

乳母とふたりで物見遊山に出て、都に着いた柚葉は百鬼夜行の主に失礼にあたらぬよう正式に幽玄橋を渡って赤鬼と青鬼の審判を受けた。


「主さまに何用だ」


「用ということではありませんが、片田舎より物見遊山に出ておりました。ここまで来たのだから一度主さまにご挨拶を、と」


二匹の目から見てもいかにもか弱そうな柚葉は敵にはあたらず、幽玄町の方を指して脇に退いた。


「行け。粗相のないようにな」


「ありがとうございます」


乳母と共に幽玄橋を渡り終えた柚葉がほっと胸を撫で下ろすと、乳母は柚葉に気を抜かないよう何度も忠告をした。


「姫様、主さまとやらは書いて字の如く恐ろしき鬼で冷徹、冷酷、慈悲を持たぬ者と聞いております。どうかお目通りが適った後は速やかに発ちましょう」


「それは先代の頃の評判でしょう?息子に代替わりをしたと聞いているけど…」


「恐ろしき者に変わりはありません。姫様どうか…」


「分かりました。分かりましたから先を急ぎましょう」


この幽玄町という町、妖と人が共存している。

人々はこの町から出られない代わりに妖に守ってもらい、妖は主さまとの契約の下、人に対して危害を加えず、悪事を働く妖を葬り去る。

遥か昔から続いてきた人との盟約を守り、機能している町。


「着いたわ。…ものすごい妖気ね」


正式に幽玄橋を通ってきたためすでに来客の報は届いていたらしく、玄関から赤毛の美しき女が出て来た。


「どうぞこちらへ。主さまがお待ちです」


緊張で指が震える。

主さまとは一体どんな男なのだろうか?

挨拶を終えたらすぐに出て行くつもりだった。


つもり、だった。

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