宵の朔に-主さまの気まぐれ-
このままもう抱かれてもいいか――

そう思っていたが…

輝夜の大きな手が襦袢の上からではあったが胸に触れた時…

柚葉は反射的に重なっていた輝夜の唇を強く噛んで抵抗の意思を示した。


――柚葉にはひとつ切実な悩みがある。

それは…

鬼族にしてはとても…とてもとても、胸が小さいのだ。

成長すれば大きくなるだろうと高を括っていたがいつまで経ってもその傾向はなく、とうとう成長期を過ぎてなお発達しなかった胸を何度恨んだことか。

そしてその小さな胸を輝夜に見られるのかと思うともう気が触れそうになって、輝夜の頬をぐいっと押した。


「だ、駄目なんです鬼灯様っ」


「そう抵抗されると逆に燃え上がるというものですが、私とて紳士の端くれ。私の想いを知りながらもなおそう困った表情を見せるのでしょう?」


――元々からして困り顔だ。

眉も目元も下がっているから本当に困るとさらにどうしようもなく困った顔になる。

胸の上に置かれていた手もついでにつねって離れさせると、起き上がった柚葉はずりずり座ったまま後退りして壁際に追い詰められた。


「あの…その……まだ準備ができていないので…」


「準備とは?今から全て済ませましょう、何の準備をするのか教えて下さい」


にっこり。

冷や汗をかきながら胸元を見られないように座布団を押し抱いて隠した柚葉は、壁に手をついて逃げ道を塞ぐ輝夜の微笑にしどろもどろになった。


「私の、私の問題なので…鬼灯様、待ってもらえますか?私、男の方とお付き合いしたことがなくて…」


「それは準備の内容によりますね。さて、準備とは?」


何が何でもその準備とやらが何なのかを知りたがる輝夜の頬をまた押した柚葉は、胸のことは絶対に知られたくないため、早口でまくし立てた。


「お付き合いのことですよ。まずは手を繋ぐところからですよね?一夜を共にするなんてまだ先のことでしょう?手を繋いで、一緒にお散歩したりお買い物したり…そういうの一切なしで私を抱こうとしてます?」


「ああ…ええまあ、そうですね。ですが想い合っているのならば肌を重ねるのが手っ取り早…」


「いやです。断固反対です。絶対駄目です」


きっぱり。

輝夜の唇が尖ってふてくされた。

柚葉は断固戦う意思を見せて、同じように唇を尖らせた。
< 407 / 551 >

この作品をシェア

pagetop