宵の朔に-主さまの気まぐれ-
「ふうん、胸か。でも母様よりは小さくなかったような…」


「そうなんですよね、だから気にならないんですけど…って兄さん。何故お嬢さんの可愛らしい胸の大きさを知っているんですか?」


「いや、前に風呂上りに遭遇したことがあって」


「目聡いなあ。というわけで私はしばらくお預けを食いそうなんですよ」


「俺も」


「え?目が見えるようになって万々歳なのでは?」


朔が渋い表情になり、目が見えるようになった凶姫にものすごく意識されてしまって避けられていることを知った輝夜は思わず吹き出して、居間の片隅で寝転んでいる凶姫に目を遣った。


「ああそれは…ご愁傷様です」


「ところでお前はこれからもここに居てもらえるんだろうな?」


「ええもちろん。ですがお嬢さんの行動如何によってはここを出る可能性も」


――柚葉は幽玄町内に店を構えて商売をしたいと言っていた。

もし実現するならば輝夜は柚葉を追って店の二階が住居となっているためそこで暮らすかもしれないと聞いた朔は、腕を組んで首を捻った。


「だが…柚葉は多分お前と男女の仲にならない限りは一緒に住まないんじゃ?」


「そこなんです。やけに人間味があるというか…身持ちががちがちに固いので、店を構えるのはいいとしても、ここで暮らしてもらうわけにはいかないかとお嬢さんを説得しようかと思って」


「ん、それは俺も説得に加わる。芙蓉も寂しがるだろうから」


「ああでも兄さんがお嬢さんに手を出さなくて本当に良かった。危うく私たちは兄弟でひとりの女を奪い合うところでしたね」


「…面白い話をしてるわね」


びくっ。

肩を引きつらせた兄弟が恐る恐る振り返ると、半身起き上がっていた凶姫が冷え冷えな目を赤く黒く光らせて唇を吊り上げて笑っていた。


「ええと…面白い話なんてしてない」


「兄弟でひとりの女を奪い合うとかなんとか聞こえたわよ。詳しく聞かせてもらおうじゃない」


ゆらり。

立ち上がった凶姫の壮絶な殺気に兄弟、びくびく。


「じゃあ兄さん、私はお嬢さんを起こして来ますね」


「あ、おい…」


輝夜に逃げられてまさに仁王立ち状態の凶姫がずんずん近付いて来る。


「ほら、早く話しなさいよ」


その後、しこたま叱られた。
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