宵の朔に-主さまの気まぐれ-
柚葉の治癒の術でどす黒かった痣は色が薄くなり、痛みも軽減した。


「あと何回か術をかけないと完治しません。ですが私も連続で何度も使えないので…」


「じゃあ今日は泊まっていってくれないか?な、主さま。そうしてもらおうぜ」


着物を着直して襟を正していた朔は、術を使ったせいで疲弊した顔をしている柚葉をしばらく見つめた後頷いた。


「俺のせいで疲弊しているんだろう?もし急ぐ旅路じゃなかったら雪男の言う通り泊まっていかないか。礼をしたい」


乳母は袖を引いてそれを拒否するよう無言で訴えかけてきたが、それよりも柚葉は朔の傷が気になって頭を下げた。


「では一日ご厄介になります。主さま、今夜はあまり無茶をなさいませんように」


「そこは俺に任せろ」


銀が尻尾をふりふりしながら答えると、朔がふわりと笑った。


「しかしすごいな。鬼族といえば戦闘に長けた者が多いんだが、治癒の術が使える者が居るなんて」


「治癒の術が使える代わりに私は戦闘の方はからっきしなんです」


「はは。百鬼夜行までに少し時間があるんだ。旅をして見てきたことを話してくれないか」


――朔が長い間女と話をするのはとても珍しく、雪男は乳母の袖を引いて立ち上がらせると、山姫と銀と共にその場をそっと去った。

朔自身は雪男が気を利かせたことに気が付いていたが、この客人に礼を欠いてはならず、共に庭に咲く花を眺めた。


「綺麗ですね」


「ああ、俺の母が植えたんだけど、世話は雪男がしてるんだ。花は好き?」


「ええ、家ではよく季節の花を植えては楽しんでいますから。主さまも花は好きですか?」


「いつも身近にあるから嫌いじゃない。…柚葉、俺が怖くないか?」


一瞬何を聞かれた分からずぽかんとした柚葉は、なるべく朔と目を合わさないようにしながら笑った。


「あなたは私の患者さんですから怖くありませんよ」


「そっか」


一緒に居ても気を遣わなくていい。

それは居心地が良く、会話もそぞろに花を眺め続けた。


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