宵の朔に-主さまの気まぐれ-
「素敵な方だわ」


「いけません姫様。主さまが若く温和に見えるかもしれませんが、百鬼夜行においては無敗を誇る方。戦いにおいてはきっと非道極まりないお方でしょう。関わってしまうと姫様の御身が…」


「私は主さまの傷を癒すだけよ?明日もう一度術を施せばきっと完治します。ばあや、気にしすぎよ」


乳母の目には魔性の男に見えた。

あどけなく笑って見せて実の所腹の中では姫をかどわかしてどうにかしようと思っているかもしれない。

まだ男を知らず、また男とあまり話をしたこともない柚葉に何かあれば自分の首が飛ぶどころの話ではないのだ。


「どうしてお風呂までついて来るの?」


「男が…主さまが乱入してくるかもしれませんので」


「そんな方ではないわ。ばあや、それではあまりにも主さまがお可哀そう」


一緒に湯船に浸かって訥々と説教してくる乳母に苦笑しつつ、湯に浸かったおかげで多少疲労が取れた柚葉が先に上がって用意してくれた浴衣を着て居間に移動すると、夕暮れ前で百鬼夜行に出て行く直前だった朔が雪男たち側近と地図を広げて戦略会議をしていた。

庭には有象無象の百鬼たち。

人型も居れば獣の姿、異形の姿の者も居て、柚葉は足を竦ませて立ち尽くした。


「ああ、上がったか。すまないが朝まで戻って来ない。世話は山姫や雪男に頼んであるからゆっくりしていってくれ」


「はい。あの、無茶しないで下さいね」


頷いた朔の表情は凛々しく引き締まっていて、柚葉は胸の高鳴りを覚えたが、また乳母の説教も忘れていなかった。

妖を統べる者と、たかが地方の豪族の娘――本来目通りも適わぬほど身分が違うのに、こんな気持ちを抱いては駄目だと気を引き締めた。


「お前たち!行くぞ!」


威勢のいい掛け声と共に百鬼夜行が空を駆けてゆく。

勇ましく美しい姿にやはり柚葉は見惚れてしまい、姿が見えなくなるまで空を仰いでいた。
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