宵の朔に-主さまの気まぐれ-
柚葉自身は戦いが嫌いで、刀を見るだけでも怖がるほど戦闘に向いていなかった。

だがこの力のせいで怪我を負った者の治療を請われることも多く、本当は血を見るだけでも怖くて手が震えてしまうのだが――家のためになんとか耐えていた。


だから主さま――朔が怪我をしているかもしれないと勘付いた時実は黙っていようかとも思っていたが…

朔の表情は憂いに満ちていて、どこか悩んでいるようにも見えた。

だからこそ、自ら治療をと口走ってしまったのだが…


「柚葉、って言ったな。一杯やらないか」


縁側で月を眺めていると雪男が酒を手にやって来たため、柚葉は深く頭を下げて脇に控えた。

…この男も先代の時代からずっと仕えてきた比類なき強さを持つ男。

その美しさからそれは見てとれるし、美しい男に免疫のない柚葉は頬が赤くなるのを感じて顔を上げれなかった。


「まあそう畏まるなって。お前が気付かなかったらあの怪我悪化してたかもしれない。ほんとありがとな」


気さくな口調と心からの感謝の言葉に柚葉が顔を上げると、雪男は頓着なく隣に座って柚葉に盃を持たせた。


「主さまが呆気に取られてる顔、久々に見たなあ」


「そう…なんですか?」


「ん、代を継いでからずっと気張ってる感じでさ、本来はよく笑うんだけど…最近あんまり見なくなってたから」


「そうですか…。気を張ってらっしゃるんですね」


「そうなんだ。ちょっと危なっかしい時もあって……って俺なんでこんなこと話してんだろ。ま、聞き流してくれ」


――柚葉は朔のどこか曇った表情を思い浮かべた。

重圧に苦しんでいるのか…

したくもないことをやって疲弊しているのか…?

理由はまだ分からずにいたが、きっと怪我が治ればひとつ悩みが解消して気が晴れるだろう。


「明日発ちますが、主さまのお怪我が治るよう一生懸命やらせて頂きますので」


「ありがとな、助かるよ」


あの方の迷いが晴れますように――
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