宵の朔に-主さまの気まぐれ-
朔の怪我は柚葉の治癒の術によってほぼ完治となった。

だが――

それよりも深刻なのは、朔が何やら抱えているであろう悩みの方だった。


「主さま、最近少し様子がおかしいけど何か言いたいことがあるんじゃないか?」


「様子がおかしい?俺が?そうでもない。どうしてそう思うんだ」


「いや、何となくだけど…」


「何かあればお前に話す」


そう言って庭に咲いている花に水を遣ってくれている柚葉に目を移した朔は、実は兄妹以外の者をこうして招き入れることがはじめてに近いことに思い至ってぽつりと呟いた。


「柚葉は不思議だな。治癒の術を使えるのも不思議だし、こちらが不信感を全く抱かなかったのも不思議だ。直感も冴えているし、何より…」


「何より?」


「何より穏やかだ。何も考えなくていい気分になる」


朔が重圧とか妄信に近い信頼感を寄せられてそれを苦痛に思っているかもしれないことは雪男も気が付いていた。

力は先代以上かもしれないがまだ若い朔が代を継いで間もなく――

百鬼は先代から引き継いだ者が多く比較をされることも多々ある。

自分は自分だと言い聞かせていたとしても特に古参の百鬼からはよかれと意見を言われることも多く、徐々に疲弊していく朔を雪男は間近で見ていた。


…きっと悩みを打ち明けてくれると思っていた。


「そうだな、そういった存在が居るのは助かるよな」


小さくはっと息を吐いた朔は立ったまま柱に寄りかかって柚葉を見ている雪男を見上げた。


「お前もそういう存在だぞ」


「ははっ、そりゃありがたい。主さまはさ、思うがままに動いていいんだ。我が儘も好き放題言えばいいし、皆は主さまの言うことなら喜んで叶えてくれる。苦痛になんか思ってないし、百鬼はみんな主さまが大好きなんだ。それ、忘れないようにな」


自分の悩みばかりに囚われていつも雪男が傍で見守ってくれていることを失念しかけていた朔は俯き、目を閉じる。


視野を広げなければ。

内側ばかりに意識を向けず、堂々と胸を張れるように。
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