宵の朔に-主さまの気まぐれ-
そろそろここを去らなければならない。

夜な夜な百鬼夜行のために集まって来る百鬼はみな粒ぞろいで各々が強い志を持ち、そして実際強い。

人型も居れば獣型や異形の者――その全てを本能的に恐ろしく感じる。

…自分は鬼族に生まれていながらもなんと性根の弱いことか。


「主さま…そろそろまた物見遊山に出ようと思います」


「ああ…そうなのか…」


何やら落胆した表情を見せる朔に思わず期待してしまう。

もしかしたらこの人は、自分を好いてくれているのではないか、と――


「…主さま、悩みは晴れたのですか?」


「ん、まあ大体は。…柚葉は俺の仲間を…百鬼たちをどう思う?」


「どう、とは」


「皆が妄信的に俺を崇拝しているように見えないか?…俺にはまだ自分に求められているような実力が伴っていないように感じるんだ」


胸の内にわだかまっている小さなひっかき傷のような悩みを打ち明けた朔は、柚葉がふわりと笑うのを見て既視感を覚えた。


何故既視感を覚えたのかは分からなかったが、同じように笑みを誘われた。


「そうですね…私には戦いに関係する全てのものが怖いです。でも主さま、皆があなたを慕っていることは部外者の私の目から見ても感じますよ。あなたは優しくて強くてそれに…」


「それに?」


「それに…凛々しくてお美しいですから」


――その手の賛辞には慣れていたものの、何やら少し照れてしまった朔がふいっと顔を背けて見られないようにしたその目線の先に――にやにや顔の雪男が腕を組んで立っていた。


「何が言いたい?」


「え?何も言ってねえけど?」


「顔が言ってる。うるさいぞ」


「理不尽!」


ひとしきり雪男と漫才を繰り広げた後また柚葉に向き直った朔は、柚葉の細い腕を着物越しにぎゅっと握って驚かれた。


「もう少し居てほしい。駄目かな」


「……では…もう少しだけ…」


期待が高まる。

この人は、自分の嫌いな戦いの最前線に立つ男なのに――

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