宵の朔に-主さまの気まぐれ-
柚葉を女として見ていないわけではない。

そういうわけではないのだが――だが、強く“触れたい”と思うことも、ない。

実際柚葉の肌を直に触ったことはなく、また当主として軽はずみに女に手を出してはいけないということは重々理解している。

それこそ母の息吹に以前父がいかに女遊びをしていたのかを聞かされていたため、尊敬こそしてはいるがその部分だけは尊敬することができず、誠実であろうと心掛けていた。


「…触れば分かると思うか?」


「…は?今俺に聞いた?」


「お前しか居ないだろ。どうなんだ、大人の男としての意見を聞かせろ」


柚葉が乳母と共に町へ買い物に行っている間、朔は本に目を落としたまま隣で文の整理をしていた雪男に尋ねた。

また雪男はまさか朔が恋の相談をしてくるなどとは夢にも思っていなかったため、口があんぐり。


「そ、そうだな…うん…まず惚れた女なら触りたいって思うもんじゃないのか?」


「お前は母様をいつも触りたいと思うか?」


「いやいや、俺が息吹に触れるとあいつ凍傷になるだろ。…そりゃ触りたいって思うけど。主さまはどうなんだ?」


「んん…分からないから触って確かめた方がいいのかと聞いている」


「ああなるほど。ま、とりあえずあっちもその気がないわけじゃないみたいだし、触ってみたらいいんじゃないか?そっとな。そっと」


実は初恋を経験したのかそうでないのかすらよく分からない。

心の底からこの女を守りたい、と思ったこともまだない。

ないことだらけで実戦で今まで色々試してきてはみたが、“違う”と思うことが多く、自身に落胆するのが嫌でそれから確かめることも少なくなったのが実情。


「そっとか。分かった」


「その時は空気を読んで居なくなってやるから思う存分やるがいい!」


「だからやるって何を」


――今のうちに確かめておかなくてはならない。


"この女だ”と思えたなら、全力で引き留めて――


求めよう。
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