宵の朔に-主さまの気まぐれ-
朝方まで柚葉の物づくりの作業を見ながら過ごしていた凶姫は、突然玄関の方から何かが爆発したような音が聞こえて柚葉と顔を見合わせると、慌てて玄関に走った。


「玄関の戸が壊れたじゃないですか…もうちょっと静かに来て下さいっ」


「ちょっと力を入れただけで壊れたぞ。もっと丈夫なものを取り付けなさい」


――玄関に立っていたのは…腰に手をあてて唇を吊り上げて笑んでいる妖艶な美女で、上背があり、長い髪を無造作にひとつに束ねて化粧っけも一切ないが誰もが振り返るような絶世な美貌の女だった。

朧はそんな美女の前で困り果てながらもぎゅっと抱き着き、目を輝かせた。


「お久しぶりです如月姉様。お会いしたかったっ」


「お前がぽろぽろ子を作っているとは聞いていたが、見に来たよ。あの男に似ているんだろう?」


ぎくっとした顔の朧に、恐る恐る柱の陰からその様子を見ていた男、ひとり。

すかさず如月に見つかってさらに唇を吊り上げて笑った如月は、指をぽきぽき鳴らしながらじわりと玄関に上がった。


「さあて…そこの男を愛玩しに早めにやって来たんだから、遊ばせてもらうよ朧」


「あの…程々にお願いしますね、お師匠様が胃痛で死んじゃう」


脱兎の如くその場からものすごい速さで逃げて行った雪男をゆっくりとした動作で追い詰めてゆく如月の様子に凶姫と柚葉は戦々恐々になりながら朧を取り囲んだ。


「あの…思っていた以上に強烈ね」


「そうなんです如月姉様はお師匠様をいじめることに命を賭けてますから。もうっ、挨拶もせずにすみません」


「いいえ、いいのよ私たちは。落ち着いたらご挨拶させてね」


そうこうしているうちに朔たちが帰って来たため、凶姫たちが出迎えると足早にちょこまかとあちこちの部屋を移動している雪男を見てふたり、納得。


「ああ、もう来てるのか」


「如月さんのこと?愛玩してやる、とか言ってたわ」


「いつも通りですねあの子は。さて今日は大忙しですよ、今からどんどん弟妹たちが到着しますから」


ひとり到着しただけであの騒ぎなのに?


――そんな心の内の言葉が顔に出てしまい、朔と輝夜に笑われた。
< 513 / 551 >

この作品をシェア

pagetop