宵の朔に-主さまの気まぐれ-
そろそろお乳をあげなければいけないのに、暁は天満に抱っこされたまま爆睡していた。

起きている間に何度か離れさせようとしたのだが珍しく嫌がり、しかも朔の抱っこも拒んだため、凶姫は暁が心配で天満の傍に居ざるを得なくなっていた。

――知性的な目元と少し長い前髪を耳にかけていて色気が半端ない…

暁を抱っこしている手も限りなく優しく、人見知りで口下手な凶姫は何度か戸惑いながら天満に話しかけた。


「抱っこ…上手ですね」


「ああ、そうですね、かなり練習しましたから。でも久しぶりに抱っこしたから泣かないか心配でしたけど」


「お子さんはもう大きいんですね」


「…いえ、そういうわけではないんですけどね」


「え?」


天満は暁が寒がらないように火鉢を寄せてやりながら障子を開けて庭が一望できる雪景色を少し遠い目で眺めて、小さく囁くように告白した。


「僕は早くに妻と子に先立たれたので…独り身なんですよ」


「…え…そ、そんな…ごめんなさい」


「朔兄たちがお嫁さんを貰ったというのに僕が独り身だから今日は母様たちにちくりと言われそうだなあ、ははは」


天満は笑ったが凶姫は笑えずさらに戸惑っていると、それを盗み聞きしてしまった朔はわざと足音を立てて居間に入って肩を竦めた。


「暗い話をするから俺の嫁が困ってるじゃないか」


「いやあ、申し訳ない。では朔兄、僕は如月を捕まえてくるのでこの子をお返しします」


熟睡している暁を朔が受け取ると、天満は居間を出て行ってしまい、凶姫は縋るような目で朔を見上げた。


「天満は妻子に先立たれて以来もう妻は持たないと決めているんだ。本人がそう決めているからお前が気に病むことじゃない」


「そんな…可哀想だわ…。もっと暁を抱っこさせてあげてもいい?」


朔は凶姫の隣に座って暁を渡すと、肩を抱いて悲しみを分かち合った。
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