宵の朔に-主さまの気まぐれ-
この屋敷には不思議な習慣がある。

朔が人のように食事をとるのだ。

高等な妖であればあるほど食べ物を摂取する者は少ないのだが――母が人であるせいか、毎食ではないが朔は人のように食事をして、山姫や雪男たち側近と他愛もない話をしたりしていた。


「不思議な方」


寂しいがこの屋敷に長く滞在すればするほど離れがたくなってしまうため、そろそろ本当に去らなければならない。

そのために町へ出て羽織など旅支度を少しずつ整えてきたのだが…


「姫様、もしや主さまは姫様を妻に迎えようとしているのでは…」


「!そ、そんなことないと思う、けど…」


期待していないわけではなかったが、朔は手を繋いでもこないし、引き留められはすれど求められたことはない。

もし妻に迎えようとしているのならば――あんなに強く美しい男なのだし、断りようもない。


…こちらはここに居れば居るほど、好きになってしまうのだから。


「柚葉」


「は、はい」


「ちょっといいか」


買い求めた反物で着物を繕っていた時朔に声をかけられた柚葉は手を止めて隣に座った朔を横目で盗み見た。

まともに目を合わせると本当に言葉が出てこなくなってしまうため、そうるすることでしか会話が続かないのだ。


「なん、でしょうか?」


「…ちょっと触ってもいいか?」


「…え!?」


「触ってもいいか?ちょっとだけ」


――意図が分からず目を白黒させる柚葉の細い体に腕を回した朔は、そのままふわりと正面から柚葉を抱きしめた。

息を止める柚葉に対して、何かを感じるのではないかとそのまま動かない朔。


「…お前は不思議だな。なんか落ち着く」


「ぬ、主さま…お戯れは…」


「ごめん、ありがとう」


何故か感謝の言葉をかけられてまた目を白黒させた柚葉から離れた朔は、そのまま自室に入って障子を閉めると、ぽつりと呟いた。


「“違う”とは感じなかったけど、“この女だ”とも思えなかったな…」


一緒に居ると落ち着くのは確かだ。

だが、なんだろう。


滾るような想いになれる女と恋に落ちたいと思う、この気持ちは――
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