宵の朔に-主さまの気まぐれ-
朔が何を話そうとしているか、薄々勘付いていた。

だからこそ呼び出しがかかってすぐ、しっかり化粧をして赤毛をひとつに括り、居住まいを正して朔と向き合った。


「忙しいのに呼び出してごめん。話があるんだけど、いいかな」


「ええどうぞ主さま」


――息吹を幽玄橋で拾って以来母代わりとして子育てに夢中になり、そして息吹が朔たちを生んでなお一緒に育て上げたきた。

だからこそ朔のことも我が子と同じであり、朔も砕けた口調で山姫と接し続けてきた。


「察しているとは思うんだけど、そろそろ休まないか?家のことはもう俺たちで十分できるようになった。お前は全ての時間を投げ打って俺たちを育ててくれた。だから今後はお祖父様と共に暮らして、そして俺たちや母様に気軽に会いに来てほしい」


想像していた通りの話の内容で、物悲しさを感じながらも、もう自分の役割はとっくの昔に終わっていたのだと悟った。

息吹が居たから子を作らないと決めていたが、その考えが変わって白雷に恵まれたのも、もう自分は必要ないのだと心のどこかで思っていたからだ。


「あたしもそろそろ潮時かと思っていたんですよ。本来ならあたしから切り出さなくちゃいけなかったのに申し訳ありません」


「いや、いいんだ。俺もお前の優しさに甘えてずるずる傍に居させ続けてしまった。だが白雷は返さないぞ。あれは暁の側近として欠かせない存在になるからな」


「ふふ、あんな子でよければ好きにして下さいな。主さま、だけど祝言の日までは置いて下さいな。それをあたしの最後の仕事にしたいんです」


長い赤毛の強気な眼差しを持った美しき女。

その美貌で男を惑わして精魂を吸い尽くして殺してしまう女が父の十六夜と出会って、どうしようもないその性から解き放ったことがきっかけで百鬼となったと聞いていた。

もうずっと自身の時を持たず生きてきた山姫に多大な感謝をして、童のようにそのたおやかな手に手を重ねた。


「うん、そうしてほしい。よろしく頼む」


「あいよ」


くすくす笑い合って話を終えたが――息吹はその話を物陰から聞いてしまっていて、ほろりと涙を落とした。


「母様…長い間、お疲れ様でした」


思い出が走馬灯のように蘇り、また一粒涙を落とした。
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