宵の朔に-主さまの気まぐれ-
朔がそうして柚葉を抱きしめたことはすぐ本人から雪男の耳に入るところとなった。


…通常ならば気になる女を抱きしめたことで興奮して報告してくるものと思っていたが――

朔はそれを淡々と雪男に報告して腕を組むと、首を捻った。


「思っていたのと違う…らしい」


「なんだその“らしい”っていうのは。好きなんじゃないのか?」


「一緒に居ると落ち着くのは確かだが、こう…例えば抱きたいとかそういうことではないらしい」


「ふうん、まあたかが一回抱きしめただけだろ?何度でも確認すればいいんじゃね?触る度に気持ちに気付くかもしれないしさ」


過去意外と遊んでいたという雪男の助言に素直に頷いた朔は、それからしばらくの間柚葉を抱きしめて何かを感じることができるか試したが――得たいものを得ることができず、やっぱりかという思いに至る。

このままでは柚葉に期待させる一方でやめた方がいいのは分かっているのだが…落ち着くのは確かだ。

やわらかい気分になれるし、一切の戦いから解放された気分になれるし、あまり言葉を交わさなくても気にはならない。


それが何故だか結構一生懸命に考えた。

そして朔はひとつの結論に至った。


「まさか…な…」


「主さま?」


隣に柚葉が居たことにはっとした朔は、まるで空気のような存在になっていた柚葉に笑いかけた。


「いや、なんでもない。柚葉、お前のその髪いつも跳ねてるけど癖毛なのか?」


「ええ、何をしても直らないんです。ふふ…姫らしくないでしょう?」


「ん、可愛いと思う」


何やら口説き文句みたいになってしまって咳ばらいをした朔は、至った結論を雪男に話すため、席を外した。


そして席を外した朔を見送っていた柚葉の元に山姫がやって来ると、一通の文を差し出した。


「文が届いてますよ」


「え…私にですか…?」


その文が柚葉の運命を大きく変えることになる。
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