宵の朔に-主さまの気まぐれ-
家に仕えていた者の家来が寄越した文の内容は――家の事業に失敗して両親が親戚一同に借金を申し出たものの悉く断られ、金策に失敗した両親は離縁して家から出た。

そしてそれ以前の問題で家業を継いだはずの長男が両親よりも先に家を出て蒸発――

借金取りが家に押し掛けて来て金目のものは全て持ち去られ、唯一居場所が分かっている柚葉の元に借金取りが取り立てにやって来るという内容だった。


何度も何度も――読み返した。

眼球はぶるぶる震えて文字を追うことすらできなくなり、動揺で身体の震えが止まらなくなった柚葉が唯一はっきり理解できたのは…


朔に迷惑をかけてはいけない、ということ――


「ばあや…今のうちにここを出ます。私が戻らないと…」


「いいえ姫様、主さまに助けを乞いましょう。きっと助けて下さいます!」


「駄目よ!こんな体たらくなことに主さまを巻き込むわけにはいかないの!…荷物も置いていきましょう。早く…早く出ましょう!」


乳母を急かしてほぼほぼ着の身着のまま――柚葉と乳母はそうして誰にも家の事情を伝えることなく出て行った。


――朔は朔で雪男に事情を話そうとしていた時だった。

屋敷に居る者の気配は大抵分かる。

結界を張り巡らせているのは自分なのだから、そこから出入りする者の気配はなおさら分かる。


「…柚葉?」


「?どうした?」


「…ついて来い」


何やら異変を感じて朔が柚葉の居た縁側に戻ると、もうそこはすでにもぬけの殻。

柚葉が繕っていた着物もその場にあり、急いで屋敷を出ていったのがそれで分かる。


「なんだよ主さま」


「いや…買い物にでも行ったのかもしれない。ちょっと待ってみよう」


妙な胸騒ぎがあった。

そしてそれは現実のものとなり、柚葉はもう屋敷に戻って来ることはなかった。
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