宵の朔に-主さまの気まぐれ-
集落に入るなり皆の視線がふたりに集まった。

佇まいだけは堂々とするようにーーそう父の十六夜に教えられたため、朔の立ち振る舞いは見られることに特化して洗練されている。


また雪男も朔が出かける時は始終傍に居るため注目されることが多く、自然と佇まいは美しいものになる。


「視線が痛い」


「取って食われりゃしねえって。潭月様たちは旅館の二階を占拠してるらしいから、まっすぐ行こう。すぐ終わらせたいんだろ?」


頷いた朔が伏し目がちに歩き出す。

通りすがる者に皆振り返ったり声をあげたりされるのは慣れている。

周囲からは「彼の方は主さまでは」という声が聞こえたが、立ち止まらず進んだ。


また朔がいつも伏し目がちなのも、目を合わせると好意があると勘違いされて夜這いめいたことをされることも過去多々あったため、目を合わさないのが最良だと思って雪男の先導について歩くのが一番めんどくさくないのだと分かっていた。


「ほんと鬼族多いな。主さま、歩いてる子で気になる子でも居たら声をかけろよ」


そう言われた朔が目を上げると、ちょうど数名で歩いていた若い娘たちと目が合ってしまい、そのうちのひとりが上気せるようにして失神してしまった。


「…雪男…」


「俺のせい!?」


また伏し目がちになった朔は前を行く雪男の背中をどんと拳で叩くと、目下目的の旅館に着いてまだ足掻く。


「行きたくな…」


「はい着いたー!潭月様たちが楽しみに待ってるだろうな!俺と朧の祝言以来だな」


はぐらかされてしまい、駆け寄ってきた仲居たちがぽうっとしながら出迎えに現れた。


もう腹を括るしかなかった。
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