宵の朔に-主さまの気まぐれ-
潭月と周は話をした後すぐに幽玄町から去った。

あまりひとつの場所にかつて当主だった者たちが居るのはあまりよくないことらしく、朔は祖父母を見送った後十六夜に向き直り、ふたり無言で茶を啜った。


「ところで輝夜から連絡はないのか」


「輝夜ですか。ええ、何もないですね。全く音沙汰ありませんよ」


「…そうか。あの子も困ったものだ。何か連絡があったら教えてくれ。今日はこれで帰る」


――輝夜という知らない名に凶姫と柚葉が首を傾げた。

朔の表情が一瞬曇ったのも気になり、十六夜が去った後柚葉はおずおずと朔に声をかけた。


「あの主さま…今知らない方の名が」


「ああ、俺のすぐ下の弟なんだ。訳あってここには居ないんだが…面白い奴だよ」


「月の弟?会ってみたいわ」


「そうだな…俺も久しぶりに会いたい」


そう言った後また少し黙り込んだ朔は、雪男の咳払いに顔を上げてにこっと笑った。


「というわけで俺の父にも事情を話せたからここは盤石となった。どうだ、怖かっただろ」


「あ、え、ええ少しだけ…。主さまは父親似ではなさそうですね」


「んん、どちらかといえば母似かもしれないけど、輝夜の方が母似かな」


どこか遠い目をした。

雪男も少し笑んだまま黙り、一緒に縁側に居た朧も悲しげに微笑んで少し沈んだ雰囲気になった。


「月のお父様見て見たかったわ。見ればよかった」


「え?」


「一瞬だけだけど、心眼の術で見ることはできるの。その後何日も寝込んじゃうけど」


「そう、なのか?ふうん、じゃあ俺の顔も見ようと思えば見れるわけだ」


「見ないわよ。もったいないじゃない」


何がもったいないのか?

朔が不敵に微笑む。

柚葉はそっと視線を外して庭に目をやる。


それぞれが何かに思いを馳せて、時が流れる。
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