宵の朔に-主さまの気まぐれ-
「姫様!主さまがご入浴中に乱入だなんて…なにを考えてるんですか!」


「そ…そんなに怒らなくてもいいじゃない。私だってお風呂場だって分かってたら入ってなかったわよ…」


語尾は掻き消えるようにしてごにょった凶姫はその後しこたま柚葉に怒られ、正座させられて反省していた。

そこに風呂上がりの朔が現れると柚葉が気を利かせたようにその場から去り、“ちゃんと謝るように”と柚葉から念を押された凶姫は、これまた小さな声で謝罪した。


「悪かったわよ…ごめんなさい」


「見えていたら動揺したかもしれないけど、見えてないなら別にいい」


何度か朔に抱きしめられた経験からいい身体つきをしているのは知っていたが、さすがにそれははしたないと思って口にはしない。


「で?風呂場に乱入してまで俺に何を話したいって?」


「ああそれはもういいの。なんだかどうでもよくなっちゃったから」


「なんだそれ。すごく不安そうな顔してたけど」


「あの時は…いやな夢を見た直後だったから。月に会えば楽になるかと思って…」


当初の目的を言ってしまった凶姫ははっとして口を両手で塞いだが――朔がにやついたのを気配で察知すると、勢いよく立ち上がって朔を激しく見下ろした。


「図に乗らないで!こんなこと私だけで対処できるんだから!」


「ふうん、それなら別にいいけど」


手拭いで濡れた黒髪を乱暴に拭いて乾かしながら放った嫌味たっぷりの口調に凶姫がその手から手拭いを奪い取って振り回した。


「何よ!あなたは命の恩人だけど私を馬鹿にするのは許さないわよ!」


「馬鹿になんかしてない。可愛いなって思っただけ」


「!」


さらりと言ってのけた朔に絶句する凶姫。

その手からぽろりと手拭いが落ち、今度は朔がそれをさっと奪い取ってまたにやり。

あまりに初々しい反応にわくわくしきりの朔だった。
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