宵の朔に-主さまの気まぐれ-
息吹が贈ってくれた着物が化粧道具はとても上質なもので、新品同様に見えた。

着の身着のままの状態でここへやって来たふたりにとってとてもありがたいもので、大広間でそれらを広げてはふたりできゃっきゃと騒ぐ。

そうしているといつも心の奥底にある不安は和らいで、柚葉が居てくれて本当に良かったといつも思っていた。


「わあ、これなんか姫様に似合いそう」


「どんな色?私も柚葉に見立ててあげたいんだけどこの目では無理ね」


「気にしないで下さい。私は地味な顔をしてるから薄い色のものしか似合わないし…」


「嘘でしょ、柚葉はとてもかわいい顔をしてると思うの。好きなものを選びなさいよ、私は残ったものでいいから」


お洒落にはとんと疎くなった。

かろうじて薄化粧はしているが目は見えないため鏡の前に座ることもほとんどない。

柚葉が瞼に朱を塗ったりしてくれるが、遊郭から出た以上自立しなければという気持ちもあった。


「息吹さんにお礼をしないと。私にできることは舞いくらいのものだけど」


「姫様の舞いは最高のお礼だと思いますよ。じゃあ私は息吹さんに着物を繕います。とても可愛らしいお方だから淡い色にしようかな」


――屋敷内でこうして黄色い声が飛び交っていることは今までなかった。

それも年頃の女が居ること自体異例で、それについては朔も周囲からどう思われているか承知していた。


「やたら百鬼たちが騒いでいると思っていたらあいつら賭けをやってたな」


「ああ、主さまがどっちを選ぶかだろ?そんなのふたりが来た時から盛況だけど」


「なんだと?そんなの聞いてなかったぞ」


「いやーまあ仕方ないんじゃん。主さまもさ、気がないんならあんまりその気にさせない方がいいぜ」


「その気ってなんだ」


「自分で考えて下さいー」


大広間から華やいだ声。

朔が様子を見に行くと、ふたりが着物などを広げて楽しそうにしているのを見てふっと笑った。


せめてここに居る間は平穏な時間を。

そしてここにやって来るであろう“渡り”との決戦の準備を進める。
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