意地悪な君と秘密事情
仕事をしている間は余計なことを考えなくてもあっという間に時間は過ぎてくれる。


余計なことを考える時間さえ無ければ、桐島くんのことも考える暇もなく時間が過ぎてくれるから。


今日の分の仕事を終わらせ帰り支度を済ませ、オフィスを出ると見覚えのある後ろ姿が視界に入った。


「……桐島、くん……?」

「昨日ぶり」

オフィスから出てきた私に気付いた彼はゆっくりとした足取りで私の前にやって来た。

「なんでここに居るの?」

「なんでって一応仕事でここに来てたんだけどな。ついでに高梨に会いに行こうかなって」

「は?」


不思議がる私を気にする様子もなく桐島くんは私を見つめる。

「な、なによ……?」

「暇なら少し俺に付き合ってよ」

「は?何突然……」

私の返事を聞く前に彼は私の手を握るとそのまま歩き出した。


「ちょっ、ちょっと!!私はまだ行くとも何とも言っていないんだけど!」

「でも来るだろ?」

振り返り自信満々にそう言い切った彼を見つめ、私は文句を言うのを諦めた。


……なんでこの人は昔からこうも私の中に強引に入ってくるんだろう。
あの日からようやく忘れられると思ったのに、こうやってまた私の目の前に突然現れて……。

桐島くんに連れられ向かった先は、会社帰りのOLさんやサラリーマンで賑わっている近所の居酒屋だった。

店員さんに席に案内された席に座った。

「桐島くんって居酒屋とかに行くんだね」

「は?」

「なんかお洒落なバーとかに綺麗な彼女と一緒に行ってそうなイメージ」

「普通に居酒屋に行くけどね。むしろ彼女がいないのに男だけでお洒落なバーとかあんまり行かないだろ、普通」


桐島くんは苦笑しながらそう言うと私にメニューを渡す。


「高梨は何飲む?」

「んー……どうしようかな」

「俺はビールにしようっと」


メニューを見ながらおつまみや軽くつまんで食べられそうな料理を選んでいる桐島くんを横目に眺めた。


こうやって居酒屋に二人で居るなんて高校の頃の私は想像出来なかった。


昔好きだった人とこうやって再会して、居酒屋で隣に座ってお酒を飲もうとしているなんて考えもしたこと無かったし。

そもそもなんで私と一緒にご飯を食べたりお酒を飲んだりしているんだろう。


…………絶対、“何とも思っていない元同級生だから誘った”って普通に言いそうだけど。


「じゃあレモンサワーで」


私がそう言うと桐島くんは店員さんにテキパキと注文をしていく。


「そういえば桐島くんは柏木さんに誘われたからあの日合コンに来たわけ?」

「そうだよ。まあまさか高梨と会うとは思ってもいなかったけど」

「そうなんだ」

「そういう高梨は?彼氏がいないから合コンに来たわけ?」

「まあそれもあるけど。半ば強引に優奈に……一緒に来たあの子に押し切られてね」


私はそう言いながら運ばれてきたレモンサワーとビールを受け取り、桐島くんに渡した。


「一応言っておくけど、私は恋愛はしばらくしないって決めてるから。だから別に彼氏がほしいわけでもないし、必要が無いって思っている」

「……へえ。そうなんだ」

「なによ」


桐島くんは私を見つめ怪しく笑みを溢すと、


「じゃあさ、俺と恋愛する?」

「は?」


そう言って呆然とする私を見て爆弾を落とした。


…………今、この人はなんて言った?


「あんた、バカじゃないの。っていうか私が言った言葉を聞いてた?恋愛はしばらくしないって言ったし、彼氏は必要無いって言ったよね、今さっき!!」

「聞いてたよ」

「じゃあなんであんなこと言えるの?」


馬鹿じゃないの?、と呟く私を見て桐島くんはクスッと笑みを溢す。


「高梨は本気でそう言っているわけ?恋愛はしないし、彼氏は必要無いって」

「そ、そうよ?悪い?」


たぶん、私の意地も入ってると思う。

こんなこじらせまくってる私が、恋愛をする資格が無いって。

あと、あの日振ったのに簡単に“じゃあ、俺と恋愛する?”なんて言う彼に腹が立って。


レモンサワーを勢いよく飲み込んで私は彼に向って、


「絶対、桐島くんとは恋愛はしないから!」


勢い任せに啖呵を切った。


「…………へえ。じゃあ余計に追いかけなきゃね」

「追いかけられても落ちるつもりなんて無いから、どうぞご勝手に!」


売り言葉に買い言葉とはまさにこのこと。


この後、彼に啖呵を切ってしまったことを激しく後悔することになるとは夢にも思っていなかった。

< 8 / 20 >

この作品をシェア

pagetop