恋に落ちたらキスをして
 とくに何も進展もしないままの同居生活は続いていた。
 平日はお互いに忙しくて、ゆっくり話す時間もなかった。

 土曜にのんびり2人リビングにいる時間は癒される時間だった。
 ぼんやり何もしない時もあれば、トランプやゲームをする時もある。

 落とす落とさない関係なく、この生活が続いてもいいかもしれないと心のどこかで思うようになっていた。

「ねぇ。そういえば。
 前に見ちゃったんだけど、女の子のお誘い断らなくてもいいのよ?」

 それは恵美のことを言ってるのか、はたまた別の子のことを言っているのか。
 何度か誘われて食事や、その他にも夜のお誘いもある。

「綾に操を立てなきゃ落とせないでしょ?」

「いらないわよ。そんなの。」

「信用できない男じゃ話にならないだろ?」

 何より彼女達との時間より綾との時間の方が自分には必要で……。
 それなのに綾は断らなくてもいいと言う。

「あれ。電話………。」

 テーブルに置いてあった綾の携帯が鳴っていた。
 目に入った名前は太郎さん。

「出るの?
 息を吐くように嘘をつく人だっているんだよ?」

 相手が誰か分かっているのに綾は携帯を手に取った。
 太郎さんを庇うような台詞まで吐いて。

「馬鹿ね。
 太郎さんはそんな人じゃないわ。」

 電話に出るために部屋を出て行った綾に「行くなよ」という言葉は喉につっかえてしまった。
 何より太郎さんの電話番号を消していない綾に自分はそもそも勝ち目がないのだ。

 しばらくして部屋に戻ってきた綾が端的に内容を話した。

 太郎さんによりを戻してと言われたこと。
 もう1人の方の彼女に赤ちゃんが出来たのは嘘なのが判明したこと。
 今から会いたいと言われたこと。

「会いに行くの?
 ダメな男なんてやめればいいのに。」

 情けない声が出て、馬鹿みたいだった。

「放っておけない人だから母性本能をくすぐるのよ。」

「………そっか。」

 やるせない気持ちは心の奥底にしまうしかなかった。





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