恋に落ちたらキスをして
 綾が出て行ってからは酷いものだった。
 まだ夜も浅い時間から飲み始め、強くない酒を浴びた。

 部長から結婚のことを聞かれても別れたとは言わない綾。
 携帯の『太郎さん』の登録を消さない綾。
 何より綾はマンションを出て行った。

 2人の時間が居心地良かったのは自分だけで、このまま一緒に居たいと思ったのも自分だけだったのだ。

 玄関を開ける音がして幻聴だろうと高を括った。
 幻聴まで聞こえるのかと嘲笑する。

「平気なんじゃなかったの?」

 聞こえるはずのない声に顔を上げた。
 幻聴でも幻影でもない。綾がいた。
 苦笑した綾が立っている。

 飲み散らかした部屋。
 不様な姿をわざわざ見にきたのか。
 放っておいてくれればいいものを。

 あぁ。合鍵、返してもらわなきゃ。
 買ってやった服は新居に送り届けてやらなくちゃな。

「平気だって言ったろ?
 今から男の神聖な儀式を始めようかってとこなのに邪魔しないで欲しいよ。」

「そんなこと言うのは幻滅させたくて?」




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