リボンと王子様
沈黙が降りたままのエレベーターがゆっくり上昇する。


「……久し振り」


私を見つめて千歳さんが呟く。

千歳さんの瞳に鋭利さはなく、驚くほど優しさが溢れていた。

反射的に俯いた時、エレベーターが十階に到着した。


私の手首から手を放して、千歳さんはいつかのように指を絡ませて手を繋いだ。

直に千歳さんの体温が伝わる。


見上げた横顔は穏やかで、廊下の照明に照らされて息を呑む程……綺麗だった。

そっと私の手を引いて千歳さんは自宅玄関のドアを開けた。

トン、と私の背中を押して彼は私を室内に引き入れた。

ガチャン、と音がして、背後でドアが閉まった。



その刹那。

私は千歳さんの腕の中にいた。


「……会いたかったんだ」


私の肩に顔を埋める彼の声は掠れていた。



その声に。

胸がいっぱいになる。

何か話したいのに。

千歳さんが探してくれていたことへの感謝を伝えたいのに。


……胸が詰まって言葉が出ない。


私の身体が千歳さんに包まれて。

その温もりに涙がジワリと浮かんだ。

私の心臓はこれ以上ないくらいに速いリズムを刻む。


「……ずっと探してた。
頼むから……もう逃げないで」


そう言って千歳さんは私を抱く腕に力を込める。

懇願するかのような弱々しい声に、何故か涙が零れた。

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