リボンと王子様
驚きを隠せない、といった様子で千歳さんが私の頬を両手で掴んだ。


「……俺が探していたのは穂花だったんだ……そっか……」



フッと嬉しそうに千歳さんが破顔した。

どうしてそんなに嬉しそうなのか分からず、小首を傾げる私に。

漆黒の瞳を優しく細めながら、千歳さんが答えてくれた。



「小さな頃から知っていた女の子だとは知らずに恋をしたんだ。
手が届かない存在に思えた距離が急に縮まった気がしてさ。
……嬉しいのは当たり前だろ?」


泣きたくなるくらいに甘い言葉を、蕩けそうな位に甘い声で囁くから。

私の鼓動は狂いそうになる。



「そういや……穂花は俺が千歳だって気付いてたのか?」

その問いかけに。

「……四年前はわからなかった……」


小さく答えた。



そう。

四年前はわからなかった。

幼い頃に出会った優しいお兄ちゃんがこんなにも素敵な男性になっているだなんて思いもしなかった。



そう。

千歳さんは私とは全然違う世界の人だから。

平凡な人生を生きている私がこんな風に出会える人ではなかった。



……ああ、そうか。

名乗りたくなかった理由は。

自分に自信がなかったから。

立場が違いすぎるから。

叶う気持ちだとは思えなかったから。



……どうしようもないくらいに惹かれそうになるこの気持ちが。

取り返しのつかない気持ちになってしまう前に。



叶わない恋ならば。

悲しい結末しか残らない恋ならば。



せめて身勝手な綺麗な思い出だけを残したくて。

……だから千歳さんに、名乗りたくなかったんだ……。

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