リボンと王子様
合鍵を渡したくない本当の理由はたったひとつ。


まだ『お手伝いさん』の仕事を続けていて、『葛花穂』の正体を彼に告げていないからだ。

その痕跡がそこかしらに残るこの部屋に。

千歳さんが自由に出入りをするようになってしまえば、勘のいい千歳さんにいつばれてしまうかわからない。


……この一ヶ月。


何度か千歳さんに話そうと思った。

何度も考えた。


だけど、千歳さんの女性関係を探るためにこの仕事を引き受けた、なんてことを千歳さんが知ってしまったら。

有子おばさまと千歳さんの仲がこじれてしまうかもしれない。

公恵叔母さんにも迷惑がかかってしまう。

その考えに行きつく度に言葉が出なくなってしまった。


だけど、そんなのはこじつけで。

言えない本当の理由は。

千歳さんに嫌われてしまう。

軽蔑されてしまう。

そのことが何より恐かったから。



あんなにも彼から逃げていたのに。

見つからないように願っていたのに。

惹かれてるわけではないって思っていたのに。

住む世界が違う、叶わない思いだってわかっていたのに。



彼の胸に自ら飛び込んでしまった。

この恋を……気持ちを抑えられなかった。

< 116 / 248 >

この作品をシェア

pagetop